校長室

10日、たかしが、無事、中学校を卒業しました。

たかしは、持病の為、午前中は、5分以上立ってること、立ったり座ったりを繰り返すことなどが禁止されていて、めまいがしたり、ひどい時には失神するので、全校生徒の集まる卒業式に参加することができませんでした。

私も諦めて、せめて最後の詰め襟姿を庭で写真を撮っておこうと思っていたら、前の日の夕方に、担任の先生がウチに来られて「明日、2時から卒業式をするので、お母さんも来て下さい」と言いに来てくれはりました。

私もたかしも驚いたのですが、もう一人、午後から参加する生徒さんがいらっしゃるとのことで、2人してお昼ご飯を食べてから、そわそわしていました。

1時半くらいに、担任の先生から電話があり「今日、来れますか?」と確認の電話がありました。

「もちろん、寄せていただきますので、よろしくお願いいたします」と答え、私もジャケットにチェックのパンツの、割とラフな格好で用意をしていました。

たかしは「なんかお腹痛い」と、何度もトイレに行っています。

珍しく「痛み止め、ちょうだい」と言うので、胃腸薬を飲ませて、学校に行きました。


門には、まだ「卒業証書授与式」の看板が出ています。

先生は、もう片付けたって言うたはって、仕方ないなぁと思っていたのに・・・と思いつつ、職員室に。

たかしに、先生が「名札を外して、これ付けて」と、花のブローチを渡してくれはりました。


そして、私とたかしは、校長室に通されました。

もうひとりの生徒さんは、卒業式にギリギリで間に合ったそうでした。


椅子が2つ並べてあって、たかしと私が座るようにと促されました。

見ると、もう卒業式は何時間も前に終わっているのにもかかわらず、どの先生も正装のまんま、胸には花のブローチを付けたはります。

私達2人を囲むように、すべての先生方が立っていらっしゃいます。

そして、教頭先生が
「第67回卒業証書授与式を始めます」とおっしゃいました。

本来ならば、立って礼をしなければいけないのですが、先生方が「座ったままでいいよ」とおっしゃって、私達は座ったまま、たかしだけの「卒業式」を迎えました。

そして、校長先生が、たかしに卒業証書を渡してくださり、たかしだけにお言葉をいただきました。

「君は、他の生徒達とは、全く違う、3年間を過ごしてきました。でも、無駄な時間は、一秒もなかったと信じています。思うこと、考えること、そのすべてが、きっと、君を立派な大人にしてくれることと、私は信じています」と。

私は、もう、ずっと泣きっぱなしです。

思春期と、病気と、共に戦って、漸くこの日を迎えることができました。

病気だとわからなかった頃は、ずいぶんひどいことも言いました。

でも、本当に、よくここまで大きく育ってくれました。

誰にも頼れず、私1人で悩んでいたこともたくさんあります。

相談に乗っていただいても、なんか違うと感じたり、正直にお金がなかったり、たかしは病気で修学旅行にも行けませんでした。

でも、他の生徒さん達が思わなかったこと、自分の病気のことや将来への不安、そしてたった1人の親である私が障害者であるということ、身寄りもないこと、その様々なことに対して、思春期のたかしは、何かを感じ、何かを考えていたと思います。

そして、校歌。

クラスの生徒さん達が「一緒に歌えるように」と、テープに録音しておいてくれはったのです。

「たかしくんも、一緒に歌ってください!」という、生徒さんの言葉の後で、生徒さんもテープで、校長室にいらっしゃる先生方も、大きな声で校歌を歌ってくださいました。

私は、もう恥ずかしいくらいに泣いていました。

そのあと、担任の先生が
「私のクラスで、自分の将来を考え、一番最初に進路が決まった、誇らしい生徒です」とおっしゃってくださいました。

もう、私は耐え切れず、声をあげて泣いていました。

最後に教頭先生が
「これで第67回卒業証書授与式を終わります」とおっしゃって、たかしの「卒業式」は、終わりました。

校長室の先生方が、皆さん、拍手と「おめでとう」と大きな声で、たかしを祝福してくださいました。

私は、もう立って、ぐるぐる回りながら「ありがとうございました、ありがとうございました」と、お礼を述べていました。

2年生の時の担任の先生が、たかしを呼び止めて「本当に、おめでとう」とおっしゃってくださいました。

「正直、僕はなんの力にもなれなかったと反省してて、だから、たかしくんのことは、もし僕が先生を辞めたとしても、忘れないと思うよ」と言ってくださいました。

この26才の若い男の先生は、毎日家に来てくださって、たかしはしんどくて寝ていて、なんとか起きてくるのを待っている間、私といろんな話をして、反対に相談に乗ったり、私の進路で悩んだことや、先生のことも、たくさんお話した先生でした。

「絶対に、写真は撮らへん」と言っていたのに、門のところに来ると
「かあちゃん、写真、撮るんやろ?」と言い出しました。

担任の先生が、わざわざ看板を出しておいてくださったということを聞いて、たかしも考えが変わったようでした。

お腹が痛くて、変な顔をしていますが、ちゃんと写真を撮ることができました。

担任の先生に「お母さんも一緒に撮らなあきませんやん」と言われ、たかしとのツーショット写真を撮っていただきました。

「3月の31日までは、まだ本校の生徒やから、またなんかあったらいつでも言いに来てください」と言ってもらい、帰ってきました。

こんな「卒業式」は、もう絶対に忘れることはないと思います。

たかしも、きっと忘れないと思います。

卒業アルバムを2人で見てたら、ちゃんとたかしも写っていました。

そして、紅いのが3つと白いのが2つ入った紅白まんじゅうを2つづつ食べて、一息ついて、そのあとは私だけ、たかしの病院に行って、これからのことを相談に行きました。

玄関で靴を履いていたら、たかしが「これ、先生に渡しといて」と、1つ残っていた白いおまんじゅうを渡されました。

「こんなん、どこにいれるん」
「ポケット」
「つぶれるやん」

とかいうてる間に、約束の時間が迫ってきたので、急いで六甲アイランドまで行きました。

先生に「たかしが、先生に渡しといてと言って、持たされました」と、少しつぶれたおまんじゅうを渡すと、先生も涙ぐんで「いやぁ、嬉しいわぁ、大事においときたいけど・・・後で、ゆっくり、いただきます」と言うたはりました。

他の病院に移るのではなく、当分は小児科と循環器科で連携して、診ていただくことになりました。


私も少し疲れて、帰ってきて、いつも行く駅ナカの喫茶店に行ったのですが、タバコケースがないのです。

あの中には、大事な亡父の形見のライターが入っているのです。

落ち込んで家に帰り、いろいろと電話をして問い合わせましたが見つからず、その晩は眠れませんでした。

次の朝、また立ち寄ったところに電話をして、落ち込んでいたら「ありました」という電話がかかってきました。

たかしに「喜んで取りに行って、自転車で転けたりせんように、気ぃ付けて行きや〜」と言われ、住吉まで取りに行きました。

昨日は卒業式のことやら、中学生活のことやら考えてて、忘れたんやもん。

長かったような、短かったような、3年間でした。


4月からは、たかしも高校生です。

私は本当に白髪が増えました。
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Commented at 2016-03-12 20:59
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by marurin373 at 2016-03-13 01:27
>カギコメさん
なんでやろ? すみません。実名だけ、拒否キーワードにしているのですが・・・。
Commented at 2016-03-14 17:39 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by marurin373 at 2016-03-16 03:08
>カギコメさん
ありがとうございます。私も、思い出して涙しながらキーボード打ってました・・・・
by marurin373 | 2016-03-12 03:32 | 今日の出来事 | Trackback | Comments(4)