カテゴリ:○わんわん( 28 )

ひとむかし

今日、○ちゃんが虹の橋のたもとに行ってから、10年が経ちます。

もうそんなに経つのか、というのが正直な気持ちです。

○ちゃんの耳の匂い、ふかふかの背中、そして私が泣いている時には肩に手をかけて、涙をなめて慰めてくれた、○ちゃん。

今も私の愛犬は、○ちゃんです。

あれほどの癒しを、私はまだ知りません。


先日、引き出しを整理していたら、○ちゃんの写真がいっぱい出てきました。

暫し手を止めて、懐かしい・・・というよりは、悲しく、淋しい思いで、写真を見ていました。

私が、いつか虹の橋を渡る時、きっとまた出会えると信じています。

○ちゃんに対しては「ありがとう」という言葉しか、ありません。


○ちゃん、ありがとう。

私は、たかしを一人前にするまで、精一杯頑張るしな。

どうか、見守っていてください。

今も、○ちゃんのこと、大好きです。
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by marurin373 | 2016-05-02 08:44 | ○わんわん | Trackback | Comments(0)

5月2日

今日は、○ちゃんの祥月命日です。

あれから、私の中では時間が止まったままになっています。

母を失ったことよりも、○ちゃんがいないという喪失感の方が強いのです。

何故、母は具合の悪い○ちゃんをお医者さんに連れて行かなかったのか。

いや、母が連れて行かないのなら、何故、私が連れて行かなかったのか。

後悔ばかりです。

母を責める気持ちは、母が亡くなった今もあり、やり場のない怒りを感じています。


こんな日に、清志郎の訃報を聞くなんて。

なんとも辛い夜となりました。
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by marurin373 | 2009-05-03 00:14 | ○わんわん | Trackback | Comments(2)

○ちゃんへ

今日も、あの日と同じようにいいお天気でした。

○ちゃん、そちらはどうですか?

○ちゃんが旅立ってから、もう2年になりました。

たかしも2年生、今夜は、私の拳くらいの大きさのハンバーグを6つも食べましたよ。

私もいろいろあるけど、元気です。

この辺りでは犬の散歩をしている人が多くて、柴の子もたくさん見かけます。

ついつい見入ってしまいますが、心の中では「○ちゃんの方がかわいいな」と思っています。

いつかそちらに私が行くまで、思う存分、走り回ってくださいね。
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by marurin373 | 2008-05-02 22:43 | ○わんわん | Trackback | Comments(0)

会いたい

○ちゃんに、会いたい。

会いたい。
会いたい。

あのほわほわを、なでなでしたい。

耳の匂いを、嗅ぎたい。

○ちゃんに、会いたい。

そんな夜です。
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by marurin373 | 2008-03-08 03:11 | ○わんわん | Trackback | Comments(0)

長い夜、再び

昨年の今頃、○ちゃんはたかしの横で寝たはりました。

あの時のことは、細かいところまで鮮明に覚えています。

かなり混乱していたのに、私のアドレナリンが全て放出されたためかもしれません。


昨年の5月1日のお昼に、母とケンカをしました。

「お医者さんに診せる」という私と、そして「いくらかかると思てるねん」という母。

往診のお金は、全て私が出すということで、母に電話をかけてもらいました。

「1日の午前診が終わった後で」とお願いしたのですが、都合が悪いらしく、結局「2日の3時」にお願いしました。


○ちゃんは、お風呂から出て、敷き詰められた布団の上でほたえるたかしの横で、じっとしたはりました。

突然さわられても怒ることもなく、たかしにされるがまま、穏やかな顔をしたはりました。

12時を過ぎて、それでもまだ○ちゃんと遊びたがるたかしに「早よ寝よし」と言っていたのですが、その日に限って、たかしが全然寝ようとしませんでした。


12時半になったので、私が「もう早よ寝なさい、何時やと思てるん? 明日、起きられへんよ」と叱った時、それまでたかしの横にぴったりと寄り添っていた○ちゃんが「むくっ」と起き上がり、よたよたと4,5歩歩いて、机の下で吐きました。

私は「○、何か吐いた!」と駆け寄り、吐いたものを確認しました。

○ちゃんは、そのままべったりと寝てしまい、起き上がりません。

何度も名前を呼び、大騒ぎをしている私の横で、母が「いや、この子、うんち垂れてるわ」と床を拭き出しました。

「○ちゃん!」と叫ぶと、耳がぴくんとこちらを向き、薄らと目を開けて、ちらっと私を見て、そのまま私の掌に顎を乗せて、また目を閉じてしまいました。

その後は何度名前を呼んでも反応がないので、母に「獣医さんに電話して!」と叫ぶと、母はおろおろしてしまい、慌ててメモ帳を探しますが、見つからない様子。

いつもの私とは全く違う態度に驚いたのか「わからへん、わからへん」と言うばかり。

たかしも頭から布団を被って、震えています。

私はタウンページを取り出し、とにかく近いところの獣医さんに片っ端から電話をかけていきました。

どこも繋がりません。

母が「・・・心臓、止まってる・・・」と言うので、もう頭に血が登ってしまった私は、夜中だというのに友達の携帯に電話をかけて「心臓マッサージって、どうしたらいいん?!」と叫びました。

その友達が、冷静に「夜中にやってる夜間の病院がある筈なので、そこに連絡した方がいい」と言ってくれたお陰で、私も我に返り、その「夜間動物病院」を探しました。

どこかの動物病院の留守番応答メッセージに、この「夜間動物病院」の電話番号が吹き込まれていましたが、どうしても聞き取れず、結局タウンページにあるのを見つけて、かけました。

かけた先は「南京都夜間動物診療所」です。

この時は「午前1時まで」だったので、なんとか受け付けてもらい、名前と犬種を告げました。

「今はどういう状態ですか?」と聞かれましたが「いや、もうダメだと思います」と答え、それでも行くのでお願いします、と言って電話を切りました。

タクシーを呼び、ケージに○ちゃんを抱いて入れ、そのケージを玄関まで運び、タクシーを待ちました。

ふとたかしを見ると、ちゃんと服を着て、家の中に向かって手を合わせて、何か呟いています。

「何を拝んでるん?」
「じぃじと、わーくんにな、○ちゃん、つれていかんとってって、おねがいしてる」

もう息もしていない○ちゃんが再び呼吸をしてくれるよう、私も父と弟にお願いしました。


漸くタクシーが来て、それから45分程。

診療所のスタッフの方々は、万全の準備をして、待っていて下さいました。

診察では「・・・もう、口から死後硬直が始まってます」と告げられただけでした。

私は、どうしても原因が知りたかったので、お願いをすると、エコーでお腹を診てくれはりました。

子宮に、私の握り拳大の膿みが、溜まっていました。

膿みから出た毒が、全身にまわってしまったらしいのです。


お医者さんは「ごめんな、こんな遠いところまで来てくれたのにな、なんにもしてあげられへんかって、ごめんな、」と、○ちゃんを撫でながら声をかけてくださいました。

「ほなな、みんなとお家に帰りや、ごめんな」とケージにまた入れ「ごめんな、ちょっとお尻押すで」と声をかけて、また元通りにしてくださいました。

私はスタッフの方々にお礼を言い、またそのケージを持ち上げようとしましたが、力が入りません。

連れてくる時には持ち上げられたのに、帰りには、もう持ち上げることはできなくなっていました。


たぶんすぐに帰ることになるだろうとの判断で、タクシーにはそのまま待っていてもらっていました。

帰りは、○ちゃんとの別れをどうするかを考えるよりも、母に対して怒りの感情を堪えるのに必死でした。


家の前に着いた時、運転手さんが「どうされたんですか?」と私に訊ねはりました。

私はもう既に亡くなっている○ちゃんを乗せたことに対して、何か言われるのかと思い「いや、ちょっと病気で」と言うと、運転手さんがポケットをごそごそとしはりました。

皺だらけの千円札を私に差し出して「ウチにもよう似たんがおりましたんや、どうか花でも供えてあげてください」と、言うてくれはりました。

私は、気が動転していて、道を間違った運転手さんにキツいことも言っていたので、その千円札は受け取れません、と言いましたが「いや、そら当たり前です、命かかってる時は、みなさんそうなります」と言ってくださいました。

「そやし、ホンマにわずかですけども、お花を」と言ってくださるので、私も「ほな、頂戴いたします」と応えて、千円を戴きました。


その夜はずっと○ちゃんの横にいました。

突然のことで呆然とし、事実を受け入れるのに必死でした。


あんなに腹を立てた母も、今年はもういません。

時間というものは、残酷です。

「怒る対象」をなくしてしまった私は、ただ只管に悲しいばかりです。


○ちゃん、そっちはどうや?

もっともっと時間はかかるけれど、私が虹の橋を渡る時まで、待っててや。

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私の、1番好きな写真です。


○ちゃん、ありがとう。
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by marurin373 | 2007-05-02 00:36 | ○わんわん | Trackback | Comments(2)

リード

今回は、もうひとつ大事なものを持って帰ってきました。

○ちゃんのリードです。

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リード、首輪、そしてバンダナです。


1番最近のリードは、実家に置いてきました。
妙なところで、母に気を遣います。

これらのものを袋から取り出した時、私が1番にしたことは、「そのニオイを嗅ぐ」ことでした。

少しでも○ちゃんのニオイに触れたい。
もう、あのほわほわを触ることができないのなら、せめてニオイだけでも。

どうにかして五感で○ちゃんを感じたかったのです。

他の人から見たら、変な行為かもしれません。


私が、○ちゃんのリードを眺めていると、たかしが「それ、○ちゃんの?」と聞いてきました。

「○ちゃんがな、いつも着けたはった首輪」
「ちょっと みせて」

受け取ったたかしが、まずした事は、なんと「そのニオイを嗅ぐ」でした。

親子やからかどうかはわかりません。

「まだ ちょっと のこってるなぁ」
「ちょっとだけな」
「なんか いいニオイやなぁ」
「うん、気持ちが落ち着くなぁ」

バンダナには、毛が1本、着いていました。

私は、その毛をテーブルに貼りました。

その毛が、もう堪らなく愛おしいのです。

でも、私達は、落ち込むことなどなく、反対になんかちょっと元気が出てきました。


弟と父が映っているDVDを見ることができたり、こうして○ちゃんが遺したものを手元に置いておけるのも、たかしが傍にいてくれるからかもしれません。

○ちゃん、私、頑張るわな。
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by marurin373 | 2006-08-20 19:31 | ○わんわん | Trackback | Comments(0)

○ちゃんとお別れしてから、3ヶ月が過ぎました。

たかしは、家に帰ってきた時、必ず「ただいまぁ〜!」と叫ばはります。

「誰もいてへんやんか」
「いてるやん!」
「あ、ひまくんか」
「ひまぶーだけと ちがう!」
「誰がいてはんの?」
「○ちゃんと、じぃじと、わーくん、ちゃんと いてはるやん!」

○ちゃんは、今のところテレビの上にいてはります。

やかましそうですが、みんなが1番よく見える所が好きやったし。

ある日、そのテレビの上に「ハイチュウ」が置いてありました。
包み紙は剥がされ、しかも半分齧ってある。

「こんなとこにハイチュウ置いといたら、アリさん来るえ」
「それ、○ちゃんのやねん」
「○ちゃんの?」
「オレだけ たべてたら、かわいそうやろ?」
「ほな、紙に包んだまま、ひとつあげたらええやん」
「だってなー、もう さいごの いっこやったしな、○ちゃんと はんぶんこ してんもん」

その時は齧ったハイチュウでしたが、ポテトチップスが2枚の時とか、かっぱえびせんが3本の時とか、ラムネが1個の時とか。

○ちゃんは、たかしに大事な事を教えてくれはりました。
ありがとうな、○ちゃん。


でも、いつまでもこのままにしておくのも、ちょっとなぁ・・・と思うようになりました。

もちろん、○ちゃんには、このまま傍にしてほしいけれど、この、いかにも「これ、遺骨です」というのが悲しい。

お友達のワンちゃんが眠るところに、○ちゃんも連れて行こうかなぁ。
でも、このままいてほしいなぁ。

とかなんとかボヤいていたら、友達が「手元供養」の品をくれはりました。

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この中に、遺骨が入るのです。


この中に小さな袋が入っていて、遺骨を入れます。
私は、なるべくたくさん入れたかったので、砕いて入れました。

「より○ちゃんらしくしよう」ということで、○ちゃんのシンボルだった「ウンドドドクスちゃん」のほわほわシールも貼りました。

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もう、あの「遺骨遺骨した感じ」がなくなりました。


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大きさは、たかしの手に収まるくらい。



これに入りきらなかった遺骨は、お盆も過ぎて、涼しくなったら、最後にお別れをした所の土に還そうと思っています。

○ちゃんを「感じたく」なったら、これを握ればいい。
この「大きさ」には、こんな秘密もあるそうです。

この商品は、京都の博國屋さんというところにあります。

この「なごみ」というシリーズの他にも、いろいろとありました。

(因に、HPを見ると「ヒト」のばかりですが、もちろんワンちゃんや猫ちゃんのもOKだそうです)


○ちゃんは、もう手の届かないところに行ってしまわはったようですが、もしかしたら前よりも近くなったのかもしれません。


たかしが「あのな、かあちゃんに いいたいことがあるねん」と突然言い出しました。

「○ちゃんと おわかれ するひのあさな、○ちゃんがな、オレの よこにいてる感じ、ずっと しててん」
「うん」
「あ〜、きょうも ○ちゃんと ねたなぁ〜と おもて、おきてん」
「うん」
「だからな、いまも オレの ちかくに いてると おもうねん」
「うん」
「オレと かあちゃんは、いつも いっしょやからな、かあちゃんの ちかくにも、○ちゃん いてるっちゅうことや」
「そやなぁ」
「そう おもうと、なんか さびしくないな」
「そやなぁ」

また、ちっこいおっさんに教えてもらいました。
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by marurin373 | 2006-08-06 23:30 | ○わんわん | Trackback | Comments(4)

○ちゃんの、あの「ほわほわ」がなくなって、ちょうど1ヶ月です。

本当は、ずっとずっと、○ちゃんのことを考えていました。

そして、私は、私のことが少しだけ、やっとわかりました。


10年前の私は、とにかく「生きている意味」が全くわかりませんでした。

息を吸って吐いて、吸って吐いて・・・こうすることに、一体何の意味があるというのだろう。

その時、独り暮らしをしていた私は、毎日の食事や睡眠にも必要性を感じなくなっていました。

入退院を繰り返し、その時の夢も手放さなくてはいけなくなり、自分自身に対しての価値観が揺らいでいました。
病気になったことで、気持ちの離れていった人達、そして家族とも気持ちを共有することもできなくなり、私はいつも独りでした。

私の顔を見ると、愚痴を言う母。
検査結果が悪いと聞くと、ひどくお酒を呑む父。

「健康に産んであげたのに」という言葉が、何度も何度も心に突き刺さりました。

すぐに倒れてしまって頑張ることのできない身体なんか、いらない。
気持ちだけが焦り、毎日自分に対してイライラしていました。

いや、実は、もっと簡単なことです。

私は「誰か」に必要とされたい。
それだけのことでした。

「いらん人間」「いても仕方の無い人間」には、なりたくない。

私は、ありのままの私を受け入れてくれはる人を、ずっとずっと探していました。


そんな時に、ふと「犬」が欲しくなりました。

両親に話すと、母は賛成し、そして父は反対しました。

母は「病気は、気からなるもんやから、気が紛れたら治る」と言い、父は「毎日のサンポや責任がストレスとなって、また病状が悪くなる」と言いました。

今まで普通に食べていたものが食事制限で食べられなくなり、運動制限もあったので、私のイライラは最高潮に達していました。

私、もう29になるやん。
なんで「犬を飼う」ことくらいで、ここまで両親に言われなあかんのや。
いつも口だけ出して、お金を出さない親の言う事なんか、聞く必要ないやん。

そして、私は生後50日の柴犬の女の子と出会いました。

優しくて、穏やかで、触るとほわほわとしているような女の子。
そんなイメージで「まるみ」と名付けました。

暫くは、もう私は必死でした。

とにかく、お金がかかります。
自分の食費を削って、○ちゃんのフードを買い、お医者さんに連れて行っていました。

トイレの躾、噛み癖、そして思った以上に元気でやんちゃな子犬。

仕事中もこっそりと「柴犬の育て方」の本を読み、頭の中は○ちゃんのことでいっぱいでした。

大事にしていたビデオを齧られ、畳を掘り返し、机の角はもれなく噛んだ後がつきました。
服は毛だらけになり、家の中はおしっこやうんちのニオイでいっぱいになっていました。

仕事が休みの日は、1日中○ちゃんと話していました。

でも、○ちゃんがストレスになることも、確かにありました。

出掛ける時には足に噛み付き、ズボンの裾はどれも破れました。
急いで帰ってくると、部屋はめちゃくちゃ。
疲れて帰ってきても、ケージの中のうんちを片付けなければなりませんでした。

しかし、私は○ちゃんに対して、本気で怒ることがどうしてもできませんでした。
「躾」と称して叩くことなんか、絶対にできませんでした。

私は、子犬であった○ちゃんに、甘えていたのです。
○ちゃんに嫌われたくない。
○ちゃんにだけは、私のことをイヤにならないでほしい。
私のことを好きでいてほしい。
私が泣いている時は、どうか怒らないでほしい。

その頃の私は、理論で武装はしていましたが、中身は今の息子よりもずっと「幼児」でした。

「犬を飼う」というよりは、犬に「依存」していたのです。

私にできることなら何でもするから、どうか私の傍からいなくならないでほしい。

○ちゃんの世話をしている時だけが、この世の中で私が「必要」とされている時でした。


でも、私は過去に3回も「飼い主」であることを放棄しました。

弟が亡くなった後、明らかに私は精神的に病気になっていました。
もうこんなつらくて悲しい思いはしたくない。

遺された○ちゃんのことなど考えず、私は死ぬことにしました。

結局、それは未遂に終わり、私はまた○ちゃんのお世話ができるようになりました。


やがて私も結婚し、○ちゃんも一緒に嫁ぎました。

息子がお腹にいる時は、現オットは仕事で1日中留守なので、ずっとずっと○ちゃんと2人で話していました。

堪らなく不安になり、もう妊娠なんてイヤだと思って泣いた時も、ずっと「安静」にしていないといけなくて、どこにも出掛けられず、近くに誰も知り合いがいなくて淋しかった時も、○ちゃんはずっと私の傍にいてくれはりました。

○ちゃんは、私の身体の上で寝る癖があったのですが、妊娠したことがわかった頃から、決して私の上には乗らなくなっていました。

だんだんと大きくなる私のお腹を不思議そうに見ていた○ちゃんの顔が忘れられません。


何とか無事に息子が産まれてくれた後から、現オットの様子が変わっていきました。

まだ赤ちゃんの息子の世話で、私はいつも疲れていました。
○ちゃんとサンポに行く時だけが、唯一ゆっくりできる「自分だけの時間」でした。

現オットは、それまではかわいがっていたようでしたが、次第に○ちゃんにつらくあたるようになりました。

自分は何の世話もしないのに「不潔だ」「泣くとうるさい」「金がかかる」「手がかかる」「息子に何かあったらどうするのだ」などと言い出し、酔っぱらって○ちゃんをひどく叩いたりするようになりました。

私は、悲しげな声で泣く○ちゃんを見て、自分が叩かれているような気持ちになり、泣くことしかできませんでした。

そして、私が泣くと、○ちゃんへの「虐待」はエスカレートしていきました。

私への負の感情を、何も言えない○ちゃんにぶつけているようでした。

もうこの家では、○ちゃんは飼えない。
私は、○ちゃんを助けられない。

私は、京都の犬好きなご夫婦に○ちゃんを預けることにしました。

これが、私が2回目に「飼い主」を放棄した時です。


数ヶ月後、現オットは「自分のせいで○ちゃんを他所に預けることなった」と聞くと激怒し、また連れて帰るように言いました。

「オレは犬好きだ。
 叩くのは、躾だ。
 何かあってからでは、遅い。
 あの犬は、バカだ。
 だから、厳しくするのだ。
 オレは、何も悪いことをしていないのだから、オレのせいにするな。
 ○は、お前の犬なのだから、お前1人が責任をとるべきだ」と主張し、結局○ちゃんは私の元へ帰ってくることになりました。

しかし、現オットの機嫌をとり、子育てをし、○ちゃんの世話をするのは、本当に心身共に大変でした。


そして、私の足が悪くなり、長期入院を余儀なくされたのをきっかけに、実家の母に預けることにしたました。

杖で歩けるようになるかどうかもわからない状態で、まだオムツの取れていない息子の世話を考えると、もう私には○ちゃんを「責任を持って」飼うなんて、もう無理でした。

○ちゃんは、私の都合で何度も引っ越しをしなければなりませんでした。


「最後まで責任が持てないのなら、飼うべきではない」という意見を聞くと、本当にツライのです。

今でも、○ちゃんは私という人間に出会って、本当に幸せだったのかどうか、わかりません。

私には「帰ると○ちゃんに会える」という気持ちがいつもあり、それだけで頑張ることができました。

「これを乗り越えたら、会いに帰ろう」
「次の休みには、会いに帰ろう」
○ちゃんに会いに帰洛することは、頑張っている私への「ご褒美」でした。


最期は、息子の横で寝ていた○ちゃんが、よたよたと歩き、突然倒れて何か吐き、そして目を閉じました。

私の「○ちゃん!」という呼び掛けに、少しだけ顔を上げ、私の顔を見た後、また目を閉じました。

何度も何度も名前を呼び「起きて!」と叫びましたが、その後、○ちゃんは、もう起きることはありませんでした。

あの夜から、ちょうど1ヶ月。

遠い昔のことのようで、でも何かの瞬間に、最後に私の手の中に顔を埋めてもう起きなくなった、あの感触が甦ります。

次の日、仕事から帰って来た母が「○に、お花を戴いた」と言って、とても立派な花束を持って帰って来た時、私はひどくショックを受けました。

花?
○ちゃんに?
昨日は、ササミもろてたのに。

○ちゃんに、花なんて似合いません。
でも、もうお花を頂戴するようになってしまわはった。

○ちゃん、お花もろて嬉しいの?
お花は食べられへんよ?


そして、今。
私は、○ちゃんのことは決して忘れていないけれど、でも前に向かって歩いています。

「もう、どうもあらへんな」と、安心して逝ったのだと思うし、それに10年前よりかは、多少は図太くなっています。

そして、何よりも、たかしくんがいてはります。

たかしを守る為には、まず自分を守る。
今、こうして「生きている」だけで、価値や存在意義がある。

あの頃よりかは、少しはいろんなことがわかるようになりました。

私は、○ちゃんには「こうしてほしい」ばっかりだったけれど、たかしには「こうしたい」という思いで、毎日頑張っています。

○ちゃんに対する「愛」と、たかしに対する「愛」は、ちょっと種類が違うかもしれないけれど、でも2人共、私に「もうちょっと生きてみたら」と言ってくれているように思います。

こっちに戻ってから、毎日○ちゃんにお水をお供えしています。
でも、「おやつ」を1度お供えすると、当たり前ですが、なくならないのです。

ホームセンターに行くと「犬関係」のものがずらりと並んでいる通路を歩くのは、本当にツライです。

もう、○ちゃんに、何にも買えへん・・・。
もう、私が、○ちゃんの為にできることは、何もないんや・・・。


「虹の橋」(注 音が出ます)というサイトを見ました。

今、○ちゃんは、また元気に走ってはるんや。
好きなものを食べて、誰にもつらくあたられず、ゆっくりと過ごしてはるんや。

そして、いつの日か、私は○ちゃんと再び会えて、一緒にいられるようになるんやな。

まだまだそっちには行かへんけど、ずっと待っててや。
ホンマに、待っててや。


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○ちゃん、今もずっとこれからも、大好きえ。

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by marurin373 | 2006-06-02 04:03 | ○わんわん | Trackback | Comments(7)

ひとつの情報として

○ちゃんの病名は、「子宮蓄膿症」でした。

○ちゃんは、避妊手術をしていませんでした。

ただ漠然と、いつか赤ちゃんが産まれればいいなぁと思っていたし、病気ではないのにメスを入れることに抵抗があったのも事実です。

外で飼っているわけでもないので、私は○ちゃんの妊娠や出産は「管理」できると思っていました。

○ちゃんは小柄で、小さい時から獣医さんに「骨格が細くて小さいから、なるべく太らさないように」と言われていました。

避妊手術をして、ホルモンのバランスが変わって太ることも避けたかったのです。

それにお金もないし。

女の子のワンちゃんを飼うのであれば、飼う前に、避妊手術について考えておくべきでした。


それと、これは地域限定の情報です。

○ちゃんを連れて行ったのは「南京都夜間動物診療所」というところです。

年中無休で、診察時間は午後10時から午前1時まで。
行く前には、電話をしてから、だそうです。

残念ながら、○ちゃんは間に合いませんでしたが、救える命があればと思い、ここに書くことにしました。

急変した時は、かなり慌てます。
電話もちゃんと掛けられません。
何軒電話しても繋がらないと、とても焦ります。

人間の場合は、救急車がありますが、ワンちゃんにはありません。
私のように車がない方、運転できない方は是非知っておいて下さい。
運転できる方でも、場所はひとつの情報として、知っておいて下さい。

「もしも」なんて考えたくありませんが、本当に何が起きるか、予想できません。

少しでも後悔しない為に。
家族である、ワンちゃんや猫ちゃんの為に。


今日は、1日雨です。

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たかしが、○ちゃんにお花を作ってくれました。


今日1日は、家にいて、ぼーっとして、また明日。
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by marurin373 | 2006-05-07 16:45 | ○わんわん | Trackback | Comments(2)

無事戻ってきました

来週は保育園の運動会もあるし、私も仕事に行きたい。

ゴールデンウイークが終わるまで京都にいようかと思いましたが、今は母のことまで思い遣る余裕もないし。

天気予報を見ると、日曜日は雨らしい。

たかしと、ひまくんと、○ちゃんを連れて、荷物を持って、杖をついて、傘をさすのは、どう考えても大変。

諸般の事情ということで、今日の夕方に戻ってきました。

家に着いて、ほっとすると、また涙が溢れてきました。

○ちゃん、ここが今の私とたかしのお家え。
今日からは、ここにいててな。

いつも○ちゃんの写真を飾っていたテレビの上に、○ちゃんを置いて、またボーッとしていました。

「かあちゃん、おなか すかへんの?」
あ、もう晩ご飯の時間か。

もそもそと食べましたが、やっぱりまだご飯の味がわからない。

でも今日もちゃんと食べました。

これは、たかしのお陰。

「かあちゃん、どこ みてんの?」
ふと気付くと、またぼーっとしていました。

いろいろな方々に、いろいろなお言葉をかけて戴きました。
どの言葉にも納得し「ホンマにそうやなぁ」と思いました。

思いましたが、まだ私はわかっていません。

頭では理解していますが、今も京都に帰ると、あのほわほわを触ることができるような気がしています。

お花もたくさん頂戴しました。
お線香も。
お別れにも来て戴きました。

でも、どうしても、私は○ちゃんを拝む気になれません。

私が「わかって」しまうと、○ちゃんは本当に死んでしまう。

あのほわほわで、あの匂いで、あの真っ黒で真ん丸の目で、まだ京都にいるような気がしてならないのです。

私は、やっぱり、まだ現実を受け入れられないでいます。

あの日、あの夜はいつのことだったのか、つい昨日の出来事だったのか、ずっと前の事だったのか。

時間の感覚も未だありません。


実は、○ちゃんは「まるみ」という名前です。

皆さんからは「まるちゃん」と呼ばれて、本当にかわいがって戴いていました。

1度「柴犬 まる」で検索してみると、予想以上にヒットしたので、なんか癪にさわったのでこのBlogでは「○ちゃん」と表記することにしたのです。

コメント、メール、mixiへのメッセージを本当にたくさん頂戴しました。

どのお言葉にも元気を戴きました。

まだお1人づつにお返事はできませんが、本当に嬉しく思いました。

本当にありがとうございました。


もうひとつ、告白。

私は、私だけの呼び方で、○ちゃんを呼んでいました。

ましゅん。
だいすき。

ましゃん。
かわいいね。

なんかもう、改めて、○ちゃんの存在の大きさに驚きます。

ゆっくり、少しづつ、元気になります。

・・・たぶん、私が元気にならないと、たかしが許してくれへんやろうし・・・。

このヒトの存在も、偉大です。
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by marurin373 | 2006-05-06 22:56 | ○わんわん | Trackback | Comments(4)