号泣

今日、待ちに待った、「本」が届きました。
「Sey Hello! あのこによろしく」という、本です。
人によっては、ただの「犬の本」なんやけど、チガウ!
いろんなことを思い出し、いろんな人を思い出し、そしていろんな犬を思い出すような、本。

もちろん、○のことも思い出します。
触りたい・・・と思います。
耳のニオイを嗅ぎたい・・・と思います。
今すぐにでも、会いに行こうか・・・と、突発的に思いました。

亡くなった犬たちのことも、思い出します。
彼や彼女は、いい友人だったし、家族でもありました。
もう触れないけど、あの感触や、声は忘れられません。

そして、息子。
よく「おなかを痛めた」とか「産むのは大変やったから、感謝せな」とか言われますが、私はひとりで産んだような気がしないのです。
息子も頑張ったから、私でも産めたんだと、今でも思います。

今年は七五三でしたが、私はずっと泣いていました。
妊娠がわかった時から、今日まで、走馬灯。
息子には「ほれ、はんかち」とバズの絵のハンカチを貸してもらい、泣いてました。
「て、つないどいたげる」と、手もつないでもらってました。

・・・そんなことも、こんなことも、思い出す本です。
知ってらっしゃる方も多いと思いますが、サイトを記しておきます。

「SEY HELLLO」

・・・です。
犬好きな方も、そうじゃない方も、1度、見てみて下さいね。
[PR]
# by marurin373 | 2004-11-28 02:57 | ○わんわん | Trackback | Comments(4)

入院中

つい先日、1日だけ、入院しました。
かる〜い手術をしたのですが、麻酔が効かなくて、かなり痛い思いをし、その代わりに術後死んだように眠り、案の定、その夜は眠れませんでした。

その病院には、今年4月まで喫煙室があったのですが、「分煙法」とかなんとかいうのが制定されて、かなり遅れてその病院の喫煙室も閉鎖されました。
「部屋」としてあったので、扉が閉められ、「立ち入り禁止」の張り紙がしてあって、文字通り「閉鎖」です。

そのため、喫煙者達は、たとえ真夜中でも、敷地内だけども外の「喫煙場所」で吸わないといけないのです。なんせ、そこしか灰皿がないから。
いたるところに「禁煙」、「たばこは指定の場所で」の張り紙があって、美観を損ねておりました。

今の季節、夜は寒くなってきたので、眠れない夜は、本当に困ります。
「たばこ・・・さむいか・・・コーヒー・・・さっき飲んだか・・・たばこ・・・さむいか・・・」と、呪文のように考え、悶々と過ごさないといけなくなりまして。

で、「どのくらいいろんなことを思い出せるか」を考えてみました。

まず「悲しかった部門」。
これは、ま、順位を決めるもの変な話なんですが、「今までで一番悲しかった事」というのは、まだ「思い出」になっていないんですね。
まだ、「事実」として目の前に存在していることに気付きました。
「経験」と呼ぶのにもまだ早いような気がするし、今も悲しいままだし、泣く時もある。
7年も前の事でも、やっぱりまだ立ち直れてなくて、いつも心の中に「悲しみ」として存在する。
で、これは省いて、「悲しい思い出」を思い出してみました。

そしたら、案外ないんですよね。
あっても、7つくらい。
「独り暮らしの彼氏の部屋に、突然行ってみたら、女の子と一緒に眠っていた」
「遠距離恋愛をしている時、クリスマス・イブが誕生日だった彼氏に、親友と弟と一緒に電話したら女の子が出た」
・・・とか。
もちろん、「おばあちゃんが亡くなった」とかは、当然入るとしても、それくらいしかなかった。
それも、その殆どが「若い時」の事で、恋愛関係が多いような。
感受性が鈍くなることを「大人になる」というのでしょうか。

でも、その時の私のリアクションを思い出すと、突然「話のネタになる思い出」になってしまうのです。

たとえば、女の子と眠っていた場面に遭遇した時。
冬だったし、お布団をかぶっていたので、一体どんな格好で寝ていたのかまではわかりませんでしたが、当時そこまでロン毛の男の子はいなかったし、しかも腕枕してたから、やっぱり女の子だろう、と。じっくりと見る勇気はなかったし。
で、混乱した私がとった行動とは。

いや〜、人間、本当に混乱してパニックに陥り、1度にいろんな感情が押し寄せると、「日常」に戻ってしまうもんなんです。

私は、「洗い物」をし始めました。
2つあるワイン・グラス。2つあるお皿。1つの灰皿に、2種類のたばこの吸い殻があって、片方には口紅の跡。食べ残しのある、大きなお皿。

それらを、ただひたすら、無心に洗い出したのです。
その音で、びっくりして起きた彼氏は、「・・・・なんで、怒らへんの?!」と叫び、私は冷静に、「何か悪い事でもしたん?」と一言。

これって、彼氏にしてみたら、さぞ怖かったでしょうね・・・。
ヒステリックになっていてもおかしくない状況なのに、黙々と洗い物と片付けをしている女。そして、一言だけ、「何か悪いことでもしたん?」やって。

その後のことは、もうはっきりとは覚えていません。
きっと、キレてしまったんでしょうね。

「電話事件」の時は、スピーカーホンにしていたので、一瞬にして3人で固まってしまいました。私は、親友や弟に気を使い、「あ、みんなでパーティーしてんのやな、ごめんな、じゃまして。」とかなんとか繕い、取り敢えず電話を切り、固まったままの2人を一体どうフォローしようか・・・と必死でした。

「悲しい」というよりは、「腹が立った」出来事なんですが、その後、私は怒ってもいいのに怒れず、後で1人で泣いた・・・という思い出です。
でも、今となっては、呑んでる時なんかの、いいネタになっています。
「私の若い時にあった事なんやけどなぁ・・・・」て。

そして、「嬉しかった部門」。
これは、息子を出産できたこと、それだけです。
あとは、全部息子関係ですね。何故かオットの事は思い出しませんでした。

う〜ん、やっぱり人間って、「嬉しかった」ことよりも、「悲しかった」「イヤやった」「腹が立った」ことの方が、より鮮明に覚えているようですね・・・。

「モノより思い出」ていうコマーシャルがありますが、「子供にいい思い出を」、てのは本当は難しいものかもしれません。

とかなんとか考えているウチに、朝になり、まっずい朝ご飯を食べて、無事退院しました。

「痛かった部門」や「びっくりした部門」とか、どれくらい思い出せるのか、また検討してみたいのですが、生憎そんな悠々とした時間というものはなかなかなくて。
また、おばあちゃんになった時にでも、考えてみようかな。
ボケ防止に。
[PR]
# by marurin373 | 2004-11-20 02:04 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(0)

「躾」

・怒る時は、その時、その場で、ワンポイントで叱る
・できたら、かならず、すかさず褒める
・口調を変えて、こちらの喜怒哀楽を伝える
・いつも叱り口調で話さない
・叱る基準を決め、必ず守る
・気分次第で叱らない
・叱る言葉を決める

・・・これ、「人間」の育児書に載ってたことじゃないんです。
「犬のしつけ方」に載ってたのを、まとめたものです。

人間の子供と同じなんですよね。と、いうより、犬が同じなのか。

ただ、犬と違うところは、「言葉を覚えて、話すようになる」ことです。
そうなると、もう「子犬方法」だけでは通じなくなる。

「言葉」を話せて、コミュニケーションがとれる、というのは、親子共々のストレスを解消させてくれますね。
ただ泣いてた子供が、「何故泣いているのか」を説明してくれるし。

しかし、ここで大事なのは、「伝えることの喜び」とともに、「伝えてしまうイヤな気持ち」もあるということだと思うのです。
例えば、「キライ」て言われたら悲しい、「アホ」と言われたら、かなん、とか。

(ワタクシ、関西の人間ですので、どうしても表現が京都弁になってしまいます。わかりにくい点もあるかと思いますが、どうぞご承知置きをば)

そんな時は、ちゃんとこちらの気持ちも伝えるようにしています。
息子のボキャブラリーの範囲で、「そんなこと言われたら、かあちゃん悲しいわぁ」て。「そんなこと、言わんといてな」とか。
そしたら、なんとなくわかるみたいで、謝ってくれる時もあります。

語弊があるかもしれませんが、別に、親だからといって、すべて我慢しなくてもいいと思います。
「言われたらイヤなもんは、イヤ」てこと、ちゃんと伝えないと、後々、子供が困ります。

その代わり!
絶対に、こちらは言葉を選んで話さなくてはいけませんね。
「そんな事言う、あんたなんかキライ」とか、絶対に言ってはいけないです。
「叱る」ことと、「傷つける」事は、別のものだと、私は思うのです。

それと、子供が話しかけたら、絶対にちゃんと返事をすること。
忙しい時でも、「今、ちょっとお耳が忙しいから、後でちゃんと聞くから、待っててね」と、きちんと応えることも、大事だと思います。
無視は、したらあかんこと! だと思います。どんな環境に於いても。

4才くらい、ま、3年保育での幼稚園の年少さんくらいになると、もう大人になっても覚えている事柄がでてきます。
やっぱり、「ほめられた」ことよりも、「しかられた」「おこられた」事の方が、より鮮明に覚えているみたいです。・・・私も。
きっと、自分の心の中のリアクションも込みで覚えるからでしょうね。

だから、小さい時から、ちゃんと「しつける」ことは、本人にとっても大事で、必要なことだと思います。
「三つ子の魂、百まで」と言いますよね。
家庭だけの世界から、だんだんと世界が広がって行って、やがて社会生活を送るようになった時に、ちゃんと役立たないと、意味がないのです。
だから、「挨拶」とかが、できるかできないか、で、もしかしたら出世にも関わってくるかもしれない。
いや、ホンマに。

ウチの息子ですが、これがまた、ちゃんと挨拶ができないんですよね〜。
私がいないと、ちゃんとしてるらしいのですが、私がいると、下を向いてしまう。
これは、たぶん、息子が言おうとしているのに、私が息子よりも先に挨拶してしまって、その機会を奪ってるからかもしれないな、と反省してます。

「お里が知れる」とか「親の顔が見てみたい」なんてことは、極力言われたくないものです。

子育ては、行きつ戻りつ、半返し縫いみたいに、進んではまた戻り、進んではまた戻りしますが、確実に前には進んでいる・・・そんな状態を思い描いて、日々過ごしています。

やっぱり、「できない事」よりも「できるようになった事」を見つけて、喜んで、褒めて、みんな「よかった、よかった」と、いい気分で寝たいです。
・・・で、また「おねしょ」されて、親子で落ち込んだりして。

ま、親も、いろんな状況があるし、体調や気分が変わることもあるけれど、できるだけニュートラルに接する事を心がけないと、子供は不安になるみたいです。
「今日のかあちゃんは、なんか変」と、戸惑うみたいで。
もう少し大きくなったら、こちらの状況説明を理解してくれるようになる、と待っているような、今日この頃です。
[PR]
# by marurin373 | 2004-11-13 05:45 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(0)

会いたい日々

ああ〜〜〜○ちゃんに会いたい〜〜〜。

彼女は、赤ちゃんの時から、ずっと私と一緒に寝てました。
本当はいけないことなのだけれども、いつしかそんな習慣がついてしまって。

で、息子がおなかにいる時、絶対におなかの上には乗ってきませんでした。
前は私の身体の上で、べた〜〜と寝ていたのに。

今は、息子が何をしても、怒りません。
昨年まで一緒に暮らしていたんやもんね。
彼女にとって、息子は「子分」です。

犬って、家族の中の序列に敏感で、「ボスは誰か」てことを察知するそうです。
自分はどの位置に座るか、というと、「一番下のひとつ上」だそうで。

だから、「いつもごはんをくれる人はこの人だけど、ボスはあの人」とか、全部わかってる。
と、いうわけで、「息子は自分より後に家に来た人で、下っ端」とおもっているようです。

・・・いつも思うんですが、「もし○が話せたら、大変なことになるな・・・」と。
「浮気してたえ」とか「夜食にラーメン食べてたえ」とか「電話ばっかりしてて、サンポをサボった」とか。ま、例えばの話ですが。
黙って、何も語らずとも、シッポは雄弁だったりして。

子犬を育てることって、「子育て」に、とても参考になりました。
だって、おんなじなんやもん、○も息子も。
要するに、例え相手が子犬や赤ちゃんであっても、「相手の立場に立ってモノを考える」ということをすればよいわけで。
「何してほしいか」「どうしたらわかってくれるか」を考えて、接していけば、案外わかってくれたものでした。
相手は「わんわん」とか「ふんぎゃ〜〜」とか、「泣く」ことしかできないんやし。

しかし、犬って、子犬の時は子犬なりの、年がいけば老犬なりの「かわいさ」があるものです。思わず「んふっ」て笑いそうになることが、多々あります。

しかし、触っているだけで、心が落ち着くのは、なんでなんでしょうね。
・・・益々、会いたくなってきたぞ。
[PR]
# by marurin373 | 2004-11-10 02:04 | ○わんわん | Trackback | Comments(1)

いま、12月にある「生活発表会」の練習に忙しい息子。
昨年は、舞台に立ってる間中、泣き続け、最後には床に寝転んで泣いてました。
それを客席から見続ける私。すぐに飛んでって連れて帰りたい心境でした。

でも、今年は少し違うんですよ。
運動会でも、ちゃんと「参加」して走るし、しかも「一番じゃなかった」と言って泣くし。「はしりたくない〜〜」と泣くのとでは、全く違い、こちらも「また次頑張ろうな」とフォローしながら、一緒に泣いたりして。

これは、「成長」やなぁ・・・と感じました。
ちゃんと目の当たりにできて、親としても嬉しい出来事でした。

で、今年の「生活発表会」。
先生に聞くと、「できひんから、もうあきらめる」と言って、教室の隅で膝を抱えていじけていたらしい。

・・・どうも、こいつは「今が楽しかったら、それでよい」と思っているみたいだ。
「このジュース、のみたい」と言いだし、「お風呂上がってからにしたら?」と言っても、「いや、いま、のみたい」と言う。
「今飲んだら、お風呂出ても、なーんにも飲むものないよ」と言っても、「いい」と。
で、満足げに飲んで、お風呂に入り、出てから、「ジュースぅ〜〜」と怒る。
「ほーら、見てみ〜〜」と言っても、また別の日に同じことを繰り返します。

だから、楽しくない練習は、もうしたくないんでしょうね。
「ちょっと待ったら、給食・・・」と考えていたかどうか、はわかりませんが。

で、何かにつけ、「始めは誰もできないけど、頑張って練習することによって、やがてできるようになるのだ」ということを話しています。
途中の「できないが、頑張って練習」の部分を避けよう、避けようとする、いい加減な男。それでは、いかーん。

自転車の時も、プールの時も、字を書く時も、同じことを言っています。
そして、こちらはできるまで、待ち続ける。

「育児」って、「教える」「働きかける」ことだと思ってましたが、実際は「待つ」ことの方が断然に多いですね。
ボタンかけの練習の時も、ま、多少はイライラしながら、でも普通の顔して、「おっ、そこ」とか「あとちょっと!」とか言いつつ、待ち続ける。
これは、思った以上に親としての「試練」です。

そこを、親も「貸してみ」とかって「できないが、頑張って練習」の部分に手を出すと、堪え症のない人間になるんですかね。「できひんもん」とすぐに投げ出すような。

よく、「転んだ子供をいつも助け起こしていたら、自分で起きることのできない子供になる」と言いますが、それは真実ですね。

「もう、あきらめる」「もう、いやや」「もう、しない」・・・ちょっと待て!
東京タワーで昔、売ってた土産物に書いてあった言葉は「努力」と「根性」やで〜〜。

そろそろ、何か習わそうかなぁ・・・と思っているのですが、もうちょっと鍛えてから、サッカーなり、水泳なり、習い事をさそうかな、とこの頃は思っています。
[PR]
# by marurin373 | 2004-11-07 04:44 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(4)

先程、「ネットサーフィン」てのをしてまして、「腸の年齢判断」てのをしました。
そしたら、「あなたの腸内年齢は80才です!」やって。
「いっつも疲れている腸」だそうで。
今の年齢の倍以上やんか〜〜〜。

以前、太っていることを気にしている私は、同様に「肥満度チェック」をして、ずらーっと並んだ数々の質問に答え、出た結果が
「あなたは、肥満です」でした。
・・・だから、それはわかっておるのだ!
それで、どうしろと言うんだ!! ・・・と、Macに叫んでおりました。

でも、なんだか「インターネット」って、「匿名の暴力」て感じることがあります。
「名前、伏せてるんやから、何書いてもいいやん」て感じで。
本当は、プライバシーの保護として、匿名になってる筈なのに、それを悪用して、というか、それをよいことに、とてもドメスティックなものになっているサイトもありますね。

子供達の、「インターネットの影響」なんて、最近よく言われてますが、まずは成人である人達が、模範を見せるべきではないかなぁ、て思います。

「自由」という言葉も、子供達は、よく誤解しています。
「何してもええねん」ではなくて、「何をしないといけないか、自分で考える必要性がある」事を伝えることが大事かなぁ、て。

「服装は自由」という校則の生徒さん達は、「何着てもいいから、いい」てよく言いますが、本当は「制服を着用」という校則よりも、より大人扱いされてて、難しくて、自分で考える必要のある校則なのではないのかなぁ。
そういえば、「TPO」ていう言葉、最近はあんまり聞きませんね・・・。
誰も教えてくれないのかなぁ。

「外見で判断するな」てよく言いますが、パーソナリティとビジュアルとセルフイメージは、やはり一致している方が、ストレスはたまらないと思います。

それに、「個性」て、別に変な格好するという意味ではないし、服装は単に「自分というものを、よりよく表現する手段」のひとつにしかすぎないのです。
「与える印象」に文句あるなら、それは自分が発信しているデータを相手が受け取ったことに過ぎないのだから、自分自身が考え直すことが必要ではないか、と。

・・・というのも、私、大学生の時、不本意な進路で、でも行ってるプライドは持ちたい・・・という、非常に複雑な心理状態で通学していました。
その大学の人達と私は違うんだ、そして世間の大学生と私はひと味違う、と思いたかったみたいで。

で、私は「この大学の人達に声をかけられたくない」とか思ってたし、でも「実は、●●●大学に通ってる」と言って、「エラいね〜」と言われたい・・・実にガキんちょの考えでもって、4年間を過ごしました。

そんな私のとった行動とは。
まず、原色の服。つま先に鉄板の入った安全靴。黒ブチのメガネ。そして、「角刈り」をしていたのですよ。今思うと、「変」もしくは、「カッコ悪い」ですね。

世の中はワンレン・ボディコンな時代で、「ギャル」が大手を振って闊歩していた時代に、「角刈り」です。

当然、変な目で見られますし、誰も声をかけてはきません。
でも、その時は「変な格好してるけど、ちゃんと勉強してる、大変偉い生徒」でいたかったんでしょうねぇ。本当に真面目に、毎日ちゃんと通っておりました、3輪の原付で。

「みんな変な目で見る」ことを、無視していた訳ではなくて、反対に、とーっても気にしていました。勿論、恋愛対象になることなんてないんだし。

結局、「自意識過剰」だっただけなんですね。
「思想」という大層なものでもなくて、ただ単に「変」と認められたい・・・という矛盾した心理。

4回生の時、就職活動の為に、髪を伸ばしてました。この辺りも、軟弱ですが。
そして、ボブぐらいになると、本当に声をかけてくるヒトが増えたんです。

「・・・乗ってるバイク、珍しいね」とか、「スカートって、はかないの?」とか。
で、全然顔も知らないヒトに、「構内」で「ナンパ」されたんですよ・・・!

この時は、「ちょっと髪型かわったくらいで、なんでなんや」と思いましたが、本当は「髪型かわったくらいでヒトは変わる」んですよね。

それから、突然リクルートスーツになっていく人達を見ても、「けっ」なんて思わなくなりました。「ちゃんと働きます」を体現しているんやなぁ、て、素直に思えるようになって、最近は「頑張りや〜」とまで思います。

だから、「私、茶髪やから、なかなかバイトも決まらへん」とボヤく人を見ると、「自分が変わらないと、相手は変わらないのになぁ」て感じます。

・・・私のブログは、たま〜に書いてあって、長くて、最初と最後では、全くチガウ事を書いている・・・みたいですね。タイトル、変更しました。

「徒然なるままに」と「思いついた事をだらだら」て、言い方変えるだけで、ずいぶん印象が変わりますね。

・・・・ほら、ちゃんと本筋に戻ったぞ。
[PR]
# by marurin373 | 2004-11-06 04:21 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(0)

ブログに、自分の病気のことを詳しく書こうかどうしようか、ずいぶん迷いました。
でも、○と離れた原因でもあるし、「病気であること」も、既に私のアイデンティティかもしれないので、敢えて書きたいと思います。

私の病気は、まずは「慢性腎炎」。これは、割とよくある病気ですね。
塩分制限・運動制限を強いられてから、もう15年になります。
幸いにして、まだ透析をするまでには至ってないので、「現状維持」することが目標です。

「かける」お塩や、お醤油よりも、食品に「入っている」塩分の方が、ずっと多いそうです。
でも、お刺身をワサビだけで食べると、大抵驚かれます。
塩分制限は、もうすっかり慣れました。
そして、息子もその味に慣れてきたようです。
オットはお醤油をどぼどぼかけていますが。

もうひとつは、「突発性両股関節骨頭壊死症」です。
一昨年の暮れに、突然足の付け根が痛くて歩けなくなり、始めは「股関節にひび」と言われていました。

それで、リハビリに通い、松葉杖ついて歩いてました。

でも、だんだんと痛みがひどくなっていくので、年明けに改めてレントゲンを撮ってもらうと、もうすでに壊死していて、「人工骨頭」にしないといけない状態になっていました。

「壊死」している状態がどんなのかと言うと、血流が悪くなり、次第に血液が流れなくなっていって、骨としての機能がなくなるような、そんな状態です。

それで、その日に大きな病院に行き、即入院。

昨年の1月と4月に、片足づつ、チタンでてきた「人工骨頭」を埋め込む手術をしました。
股関節の、ぐりぐりの方を切ってしまって、え〜と、巨大なエノキダケみたいな「人工骨頭」を大腿骨に差し込むワケです。
横向けに寝て、太ももの横から切って、骨を取って、チタンエノキを金槌でとんとんと。

これを言うと、ちょっとイヤがる方もいらっしゃるかもしれませんが、左足の時、横を向いた前がステンレスの壁だったので、手術の様子が見えたのです・・・。

勿論、下半身麻酔がかかっているし、感覚は全くないので、テレビを見ているような感じでした。
自分の足だという感じがなかったので、「ほぉ〜〜〜」と興味深く見ていました。

手術中は、主治医と部長先生が「人事異動」の話をしたはりました。

そして、私の「チタンエノキ」は、「Mの44」というサイズが入っているんです。
これって、オーダーメイドじゃないの・・・?と思いましたが、「Mの44」を棚から看護婦さんが出してきて、無事埋め込まれました。

次の右足の時は反対を向いているし、壁に映ることもなくて、しかもぐーすか寝てしまったので、どんな話をしながら手術が行われたのかは、わかりません。

ただ、回復が早かったのは、「見ていた」左足でした。
やっぱり、「納得」しながらの手術だったせいでしょうか?

ちなみに、右足にも「Mの44」が入っているそうです。
主治医は、「片足づつ、サイズ違ってたりして」と冗談を言い、部長先生に「そんなはずないやろう」と、怒られたそうです。

リハビリをして、車椅子から両松葉杖、片松葉杖、杖と、回復しました。
気がつくと、約半年も入院してしまいました。

今、息子が「どこにも行かんといてな」とか「ずっとそばにいてや」とか、真面目に言うのは、昨年長く入院していた影響かもしれません。

「身体障害者手帳1級」も、もらいました。
受けられるサービスはいろいろありますが、正直、あんまり嬉しくないのです。
一生、まだ残る痛みと、それに膝にも壊死している部分がみつかったので、その痛みと、走れないことや、しゃがみこめないこと、「普通」の生活ができなくなったこととの引き換えなら、そんなサービスは欲しくないなぁ、と思います。
元気な時に、どこにでも行ける時に、バスをタダにしてくれぃ、って。

チタンエノキは、接着剤を使わずに埋め込んであるので、次第に緩んでくるそうです。
そしたら、また入れ替え手術をしないといけません。
そして、あの日々を、また過ごさないといけないんです。

その頃、息子はいくつになっているのだろうか・・・。
病院に来て、オットと帰る時、毎日泣いていたけど、次はもう理解できる年齢になっているだろうか・・・。

でも、本人は、いたって暢気に、気楽に暮らしています。
できないことはいっぱいあるし、悔しく思うこともあるけれど、現状を受け入れないで、泣いてばかりいては、なんか人生がもったいないような気がするんです。

「上見てもキリがない、下見てもキリがない」のでしょうね。
「笑ってても1日、泣いてても1日」といったところでしょうか。

今日は、ずいぶん長く書いてしまいました。
読んでくださった方、ありがとうございました。              ・・・つづく。





[PR]
# by marurin373 | 2004-11-03 03:09 | 病気のこと | Trackback | Comments(2)

週末の朝には

立て続けに、「ヒーローもの」の番組がありますね。
ウチでは、すべて録画しておいて、こちらの都合のよい時に見せることにしています。

しかし!
「デカ・・・」は面白いかも。
私自身、「ゴレンジャー」を最初からしっかり見ていた世代なので、「懐かしさ」と「新鮮さ」があって、なかなか楽しんで見ています。
「これ、子供に理解できるんやろか・・・?」て思うこともありますが、たぶん、大人も楽しめるように創ってあるんでしょうね。

実際、私が「面白い」と思うポイントと、息子のポイントはずれているし。
変身前の「イケメン俳優」に夢中のお母様達、て言われてますが、私はあんまり興味ありません。
「このロボは、あんまりかっこよくない」とか「歌」とか「ネーミング」とか、気になります。
明日の朝にあるので、楽しみです〜〜〜。
[PR]
# by marurin373 | 2004-10-31 04:21 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(0)

七五三

夏頃に、「七五三」の衣装のパンフレットが送られて来て、「ああ、もうこんなになったのか・・・・」と、しみじみしました。
でも、そのパンフの殆どが女の子用で、男の子のは見開き1ページだけでした。

やっぱり、こういう時に、「女の子甲斐」があるように思います。
数えで3才の時なんて、だーれもなんにも言ってくれなかったし、3才になった時に、「あ」と思ったものです。

しかし、数えで5才の今年は、やっぱり、チガウ。
「どうすんの?」とか「いくらかかんの?」なんて言葉が、こっそり(こういうところが男の子)と、飛び交っております。

実家もオットの実家も、なーんにも言ってきません・・・。
警戒してるんやろか?
[PR]
# by marurin373 | 2004-10-29 21:10 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(0)

このところ急に・・・!

寒くなりましたね・・・。毎朝、何を着ていいか、迷います。
特に、子供には何を着せていいか、かなり迷います。

しかし、新潟の方々、本当に気の毒です。
ニュースを見るだけでいいのか、て、ふと思うんやけど、実際どうすることもできないし・・・。
兵庫でも、豊岡の方々も大変そうです。
せめて、雨は、もう降らないでほしい・・・と思います。
そして、あたたかい日であってほしい、と。

募金とか、手段はあると思うんですが、実際に行動に起こしている人達には、頭が下がります。
みんな自分の生活とか、あると思うんです。
でも、そんな垣根を飛び越えて、「何かできないか」と動ける方々、素晴らしいと思います。

私の旧友も、以前ボランティアをしていました。
「自己満足だ」とか、ヒドいことを言ってしまったことを、今更ながら後悔しています。
ごめんなさい。

今、私も「助けてもらっている」立場に立ちました。
ヘルパーさんは、本当に大変なお仕事だと思います。
未だに制度が充実していなかったり、理解不足や誤解なんかもあるかと思います。
でも、なかなかできないお仕事だと、いつも思います。
トラブルも多いだろうし、行政はどこまで現状を理解しているのか、疑問です。
もっと、「ヘルパー」さんのお仕事を、知ることが必要ではないかな、と思います。

私は、若くして、実際にヘルパーさんのお仕事を見ることができました。
ややこしい申請もしました。
経験してみないとわからないことが、まだまだたくさんあるんだなぁ、と実感しました。

今日は、ちょっと真面目に書いてみました。
ちょっと本筋から離れてしまいましたが・・・。
[PR]
# by marurin373 | 2004-10-28 20:34 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(1)

愛犬○ちゃんのこと

愛犬の名前は、○といいます。
いや、別に匿名にしているのではなくて、そのまんま、「○」です。
今、9才の女の子・・・というか、おばあちゃんです。

彼女は、生後50日の日に、独り暮らしの私のウチにやってきました。
ま、「柴犬専門店」で買ったんですけど。

ホントーにちっこくて、手のひらに乗るくらいでした。
それからは、すくすくと、というか、どんどんと大きくなりましたが、でも今も所謂「豆柴」くらいの大きさです。

ずーっと一緒にいて、ツライ時も、ずいぶんと慰めてもらいました。
年越しも、年明けも、誕生日も、ずっと一緒でした。

そして、何度か引っ越しをしましたが、いつも彼女と一緒でした。
遅い結婚をした時も、一緒に嫁入りしました。

でも。
一昨年、私の足が悪くなってしまい、半年の入院を強いられ、そして退院後も、杖をついてよたよたと歩ける程度にしか回復しない、ということで、泣く泣く、本当に泣く泣く、実家に預けることにしました。

実家には「しづか」という柴犬がいたのですが、クリスマスの日に亡くなって、ちょうどその後に、○が実家に暮らすことになったのです。

いつもそばにいた○がいないことに慣れるまで、ずいぶんと時間がかかりました。
いや、まだ慣れていないのかもしれません。

確かに、犬は手がかかるし、サンポは毎日、ご飯代もかかるし、注射、フィラリア・・・と、本当に面倒です。
でも、それをしても、まだまだ有り余る「何か」が、犬にはあるのです。

○の耳の中のにおい。
私には、たまらなく落ち着く、まるでトランキライザーのようなにおいです。

・・・・また会いたくなってきた。そろそろ禁断症状が。まぁるぅ〜〜〜〜!
[PR]
# by marurin373 | 2004-10-26 21:30 | ○わんわん | Trackback | Comments(0)

第1回目は

とりあえず、ブログを作ったものの、何を書こうか・・・と考えがまとまらずに、今日までほったらかしにしていました。

「子育て」で、今一番の問題・・・それは、野菜の高騰だ!!
一体何なんですかね、この野菜の高値は。
キャベツが580円、キュウリ1本148円するんだよ・・・。
今日は、「パンダ飯店」の奥さんが、「2分の1 458円」のレタスを持って、じーっと考え込んではったよ。

何故野菜が高いことが問題なのか・・・。
それは、息子が異常に「野菜好き」だということ!
晩ご飯には、キュウリを3本食べるんよ〜〜。
毎日「きゅうりは?」「キャベツは?」と聞くんだよ〜〜。

思う存分、キュウリを食べさしてやりたいものであります。
[PR]
# by marurin373 | 2004-10-25 00:58 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(2)

はじめまして!

こんにちは!

今、4才の息子と、少し離れてますが、9才の柴犬に癒されつつ、いろいろと頑張ってます。
日常の中で、ふと思ったことなど、「徒然なるままに」書いていきたいとおもいます。

子供好きの方も、子育て奮闘中の方も、犬好きな方も、いろんな方も、どうぞご覧下さい。
[PR]
# by marurin373 | 2004-10-22 02:44 | 今日の出来事 | Comments(1)