自己嫌悪

私は、自分のことがホントーに大嫌いでした。
理屈っぽい、頑固、融通がきかない、でも楽しいのが一番好きで、すぐに楽をしたがる・・・。
健康とは言えないし、いつも負い目を感じていて、できないことも多過ぎる!
「妻」としても、「嫁」としても、そしてもちろん「母」としても、不合格だ・・・と思ってました。

それに、「ウケ狙い」が多過ぎです。
これは、多分両親の機嫌をとるのに、いつも「いい子」でいて、こっち向いてほしいから、ついついわざと面白いこと言ったりしてたのが、もう「私の性格」となってしまいました。

でも、最近は違います。
息子が、「かあちゃん、だ〜いすき!」て言ってくれるからです。
表現方法も、だんだん変わってきて、「結婚する」だの「友達の中で一番好きなのはかあちゃん」とか、「ずっとずっと側にいてな」とか、普通なら「ひぇ〜〜〜」と引いてしまうような言葉なんですが、これが本当に嬉しいのです。

今まで付き合って来た人達に言われても、全く自分に自信が持てなかったのに、息子に言われ続けていると、
「私、これでいいんや。頑張ってるんや」て、ちょっとづつ自分に自信が持てるようになりました。

誰に言われるよりも、息子に「かあちゃん、好きよ〜」て言われるのが、一番嬉しいです。

でもそれも息子に「彼女」ができるまで・・・。
もうじき「やせろ」だの「化粧しろ」だの「変な服着るな」とか言われるんやろうなぁ。

今のうちに、充分幸せに浸っておきます。

「子供は、3才までで親孝行を済ます」と聞きます。
と、いうことは、もう期限切れ・・・。
相変わらず私にとっては、最良の息子ですが・・・。

・・・って、親バカじゃないと、「子育て」なんて、とてもしんどくてやってられへんもんです。

「母」と「妻」と「嫁」のアイデンティティはあるけど、振り返ると「私って、一体誰で何者?」てことになります。「個人」から離れてしまって、いつも誰かの属性でしかない、というような状態。

「●●くんのお母さん」とか、結婚して変わった名字では呼ばれるけど、「ファースト・ネーム」で呼ばれることがめっきりなくなりました。

唯一、このブログ書いてる時が「本来の自分」を取り戻せている時間かな。
口に出してまで言わないけれど、思ってたり考えていることはたくさんあるわけで。

息子に後押しされて、こんなブログもつくってみようか、て気になりました。
誰に向かって書いているわけではないけれど、将来息子に読んでほしいなぁ。
しかし、未だ持ってオットにはナイショにしています。
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# by marurin373 | 2005-01-18 02:28 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(2)

早生まれと遅生まれ

今、息子は4才ですが、同じ「はなぐみ」さんには、まだ3才の子もいはります。
数ヶ月のことやけど、やっぱりチガウみたいですね〜。
これは、まだ個体差のある「発達」の段階だからで、仕方がないことです。
男の子と女の子では、また全然違うみたいやし。

でも、反対に息子よりも後に産まれた子の方が先に何かができるようになる、ということもママありまして。
「マイペース、マイペース、ヒトはヒト、息子は息子・・・・」と呪文のように唱えて、顔ではにっこりと「すごいね〜、もうひらがな読めるんやなぁ〜」とか言いつつ、心の中ではついつい焦ってしまいます。

4月生まれの子と3月生まれの子だと、ほぼ1年違うので、この差は大きいです。
でも、本当に「え? 早生まれ?」と驚く程、本当にしっかりしてる子もいるし・・・。

ちなみに息子は7月生まれ。
早くもなく、遅くもない。
だから、別にいいんです、この人のペースで。

でも、時々、昔していた仕事のクセが出て来て、何かを「教えて」しまいそうになります。
ひらがなが読めたら、次はカタカナ、ちっちゃい「っ」、難しい方の「を」とか。
いかん、いかん、息子が興味を持ってきたら、褒めながら少しづつ教えていこう、と決めていた筈なのに・・・。
ああ、でも「みかんが3つ入ってる袋に、2つ入れたら、何個になると思う?」とか、ついつい問題を出して、答えを聞いてみそうになる・・・。
そんな自分を押しとどめているような状態です。

小学校に入る前に、いろいろと教えてしまうと、いざ入学して「授業」が始まっても、知ってることばっかりで「感動」や「驚き」がないし、面白くない。
で、「こんなもんか」とナメてしまって、勉強するクセがつかない・・・。

現に私がそうでした。
小学校では成績優秀だったのに、予習や復習するクセがなかったので、中学に入って初めての中間試験の前になって、さて、さっぱり「数学」がわからない。
「マイナスとカッコのついたマイナスって、どういう意味・・・?!」と、かなり焦った覚えがあります。

端的に言うと、息子には、純粋に勉強に取り組んでほしいのです。
息子にとっての「勉強」が、「驚きと発見」であってほしい、と思うので、特に何も教えないようにしています。
ま、放っといても何かしら覚えてきはりますけどね。
その度に「え〜?!すごいなー!」と本気で驚くので、本人も嬉しいようです。

今はこれでもいいんやけど・・・。
さてさて、いざ「教科書」とか「テスト」とかの言葉が出て来て、ランドセル背負うようになったら、どうなるんでしょう?? 私、冷静でいられるかなぁ・・・。

オットは3月生まれなので、早生まれです。だから、同じ学年のヒトと、干支が違います。
でも、もうじき大台に乗るのにもかかわらず、「学年でいうと、同じ」とか言ってるのを聞くと、何故か笑えます。

もう早生まれも遅生まれも、一切関係ないのに・・・。
それに、ひとつやふたつ年齢が違っても、もう「おじさん」の範疇に入るんやから、関係ないのに・・・。
いつまで「学年」にこだわってるんや〜。

でも、いざ自分の事になると、すごく厳密に「何才か」を言ってしまいます。
あ、もう「聞かれたら答えるけど、自分からは言わない」かも。
ひとつでも上に間違われると、思わず「ムッ」としたりして、まちがいを正してしまいます。
まだまだ「おばさん」のカテゴリーには入れられたくない〜と、もがいてますが、世間はすんなりと「おばさん」の仲間入りを認めてくれたようです。
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# by marurin373 | 2005-01-17 01:21 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(2)

久し振りに怒る

慢性腎炎の時は、「顔色悪いね」とよく言われてました。
すごく痩せてたし、「いかにも病気」という感じで。
でも、よく聞く病気だし、「赤ちゃん、産めるん?」とか聞かれるくらいでした。
重度の妊娠中毒症にはなりましたが、息子は元気です。
でも、こちらから言わなければ、誰も私が慢性腎炎だとは気付きませんでした。

で、今の病気ですが、これは「見てわかる」病気です。
「杖」をついて歩いてるから、です。

そうすると、なんか30代後半になって、いろんなモノが見えてきました。

「あんたの病気って、美空ひばりが死んだ病気なんやってな」
「ウチの主人も、足が腐って、死んだわ」
「足悪いくせに、太ってるな、痩せなあかんわ」
「顔きれいやのに、障害者なんやな」
「本人は痛いだけやけど、子供がかわいそうやわ」
「足悪いゆうても、若いんやし、どうもないわ」
「バスもタダになるし、ええことばっかりやな」
「年金もらえて得したな」
・・・etc。

気分が悪くなってくるので、ここらでやめておきますが、いや〜、他人って、ホントにいろんなことを言うものですね。
聞いていると、何故か、私が足を悪くして喜んでいるような、悲劇のヒロインには絶対にさせまい、という意思が感じられます。
いくら「チタンエノキ」を入れても、それこそ「死ぬまで」痛みと付き合っていかないといけないし、原因がわからない以上、どうすれば止めることができるかもわからない。

しかも、膝にまで「骨の壊死」が見つかってからは、とにかく「痛み」との戦いです。
痛み止めを飲んで胃を壊したり、痛み止めの注射で気分が悪くなったり、この「痛み」から逃げようとすると、なんかしらのリスクがあるようで。

「若いから、どうもないわ」と、年寄りは言いますが、これから生きて行く時間が長いということは、それだけ「痛み」と付き合う時間も長い、ということに、なんで気付かないんやろう。

もし、原因不明の病気や、予防できない病気、例えば風邪なんかでも、「私のお父さん、風邪ひいて死んだわ」って言われると、すっごくいや〜〜〜な気持ちになる・・・と思いませんか?

「悪気」がなかったら、何を言っても許されるとは限らない、と思います。
傷つけてるのには変わりないし、むしろデリカシーの問題です。想像力の欠如です。

「言われてイヤなことは、言ったらあかん」て、幼稚園くらいの時に教えてもらわなかったんでしょうかね。
それとも、本人が思っている以上に周囲の人々や環境がよくて、「幸せ」な人生を送っているか。

オットに対しても、時々思うことがあります。
痛くて、つい「痛いわ〜」とボヤいた時に、「やせたらいいんや」ですまされると、
「ほな、いっぺん、骨腐らしてみぃ?! やせても、壊死したとこは元には戻らへんので〜〜?!」と。ああ、1度言ってみたい。
・・・でも、言ったところで仕方ないし、イヤな雰囲気になるだけやし。

私も、知らず知らずの間に、ヒトを傷付けてきたんやなぁ、と思います。
何事も経験しないと、その人の気持ちにはなれないけれど、「どう思わはるか」くらいの想像力は失いたくないです。
気をつけようっと。

私かて、怒る時は怒るんやでぇ〜〜〜。ただ、後で、やけど。
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# by marurin373 | 2005-01-15 02:28 | 病気のこと | Trackback | Comments(5)

ボルシェビキ

私がつかっているパソコンは、Macintoshです。
以前、ADSLにした時にやってきた設定のお兄さんは、「珍しいですね」と言ったはりました。
100台設定するうちの、1台くらいだとか。
所有率、1%やん。
他にも、「Macintoshには対応していません」と書かれたものがたくさんあり、ホンマに「少数派なんやなぁ」と、つくづく思います。

ついこの間、携帯にはいっているデータをMacintoshに移そうとして、mini SDカードなるものを取り出し、読み取って運んでくれる小さな機械をつなごうとしました。

そしたら、たぶんプリンターがつながっている線が、なんかぐらぐらしている。
「何や、これ?」と引っ張ってみると、ポロリと取れました。

後は、いくらコンセントを突っ込んでも、入らない。
この差し込み口は2つあるので、上の方を引っ張りだして、その口を見てみると、下の口とは、なんか違う。

真ん中あたりにある、白い「仕切り」みたいなものが取れている!!

こここここここれは、ヤバい!!!

オットにめちゃくちゃ怒られる!!
せっかくプリンターの設定をやり直して、写真の「筋」がでないようにできたのに!

え〜っと、これを買ったのは息子が産まれた2ヶ月後やから、4年以上経っている。
勿論、保証期間内ではない。

ヘルプを見ると、「持ち込み」だの「在宅自己交換修理サービス」なんてのが載ってる。
いずれにしても、お金がかかるし、オットにナイショになんて、とてもできそうもない。

キーボードを壊した時も、マウスを壊した時も、別に買い替えればよかった。
でも、これはあかん! ・・・本体や!!

息子がCDを入れるところに5円玉を入れた時は、それはそれは大変でした。
修理してくれるところを探し、いくらかかるか調べ、でも持ち込み、と言われて、結局放ったらかしといて、意を決したオットが小皿をいくつか用意してそぉ〜っと分解し、ネジを種類づつ入れて行き、そぉ〜っと5円玉や紙切れを取り出し、そぉ〜っと直しました。幸い、ネジは余りませんでした。

何故か奇跡的に復活し、なんとOSXにまでバージョンアップしています。メモリも増やしたそうです。
でも、OSXにした時に私のデータがすべて飛んだけど、こつこつと復旧していきました。

でも、この差し込み口が壊れたら、プリンターが使えないだろう。
プリンターをつなぐと、キーボードが使えなくなって、「プレビュー見せて」とか「プリントしてんか」とかの指示ができないだろう。
せっかく「筋」が取れたのに。
だから余計に、オットは怒るだろう。

ああああぁぁぁぁ・・・・どうしよう・・・・。

友達に携帯からメールして、助けを求めました。
でも、友達もどうしようもない。
オットが寝ている隙に直すのは、もはや不可能だと悟りました。
そして、ぐらぐらのまま、そっと差し込んでそっと手を離し、「システム終了」して寝ました。

次の日、朝の慌ただしい時に「おかしいねん、なんかプリンターの線がぐらぐらしてんねん、なんでやろう?」とわざとらしく、「私ちゃうもん」という意味を込めて言ってみると
「ああ、あれ、プリンター直そう思って、ぐりぐりしたしなぁ」と。

壊してたのはオットだったのだ!!

よくよく見てみると、差し込み口は2つあるから、要するに「二股コンセント」みたいなものがあればいいんやな。

それで、息子とPCを売っていて、しかもMacintoshのコーナーのあるところに買い物に行きました。息子には「たこあげ大会のたこを買いに行こう」といって、誘いました。

早速店員さんをひとり捕まえ、聞きました。

私「あの〜、マックなんですが、なんか線をつなぐ差し込み口が壊れたんです・・・」
店「え〜、どのケーブルでしょう?」
私「プリンターとか、キーボードとかをつないで、縦に2つあるところです」
店「ああ、USBですね」
私「そうかもしれません」
店「で、壊れて?」
私「その、USBの二股コンセントみたいなもんって、ありますか?」
店「・・・とりあえず、こちらへ」
   
  USBのケーブルなんかが置いてあるところへ誘われる。

店「延長のケーブルではないんですね?」
私「そやし、生きてる方へつないで、先っぽが2つあれば・・・」
店「・・・USBのハブですか?」
私「そうかもしれません」
店「では、こちらですね」
私「(思っていた形状とちがう)これは、何ですか?」
店「だから、ここを生きてる方につないで、こちらにプリンターとかのケーブルを差し込むんです」
私「あ、4つもある」
店「・・・え〜、ハブなので・・」
私「私のマックに、合いますか?」
店「どの機種ですか?」
私「え〜、昔のテレビみたいなカタチで、灰色やけどそんな呼び方ではなくて、DVDが見れる、とかいって、その当時では一番よかったヤツです」
店「G3・・・ですか?」
私「それと、本体にあるスジにCDを入れると、んばー・・・って吸い込まれていくヤツです」
店「少々お待ち下さい」

店「わかりました。これでいけます。」
私「この辺の安いのはいけますか?」
店「まあ、メーカーがちがう、ということだけなんですけどね」
私「プリンターとか、キーボードつなぐんですけど・・・」
店「2.0ですかね?」
私「何がですか?」
店「少々お待ち下さい」

店「1.0ですね。こちらでも、いけますが、ACアダプター付きでないとダメですね」
私「電気を差し込むのがついてるヤツですね」
店「ここら辺にあるものだったら、どれでもたぶんいけます」
私「ほな、安いのでいいです・・・これ、対応してます?」
店「え〜、バージョンは?」
私「・・・え〜っと・・・もうじきタイガーです」
店「OSXですね。念の為、確認してきます」

店「これでいけます」
私「ほな、安いヤツを・・・これはいけますか?」
店「それは、延長する為だけのモノです」
私「ほな、え〜、一応灰色のと色を合わせて・・・これ、下さい」
店「すみません、レジはあちらでお願いいたします」

・・・店員さんは、急いでいたようで、どこか彼方へ走っていかはりました。

家に帰って、電源入れて、生きてる方へつないで、プリンターとキーボード・・・いけた!!
おお〜、あと2つも差し込み口がある!
なんか、得した気分。
さすがソフマップ。ハーバーランドまで来てよかった。

帰り道、地下鉄がわからなくて、息子と迷子になったけど、コムサ・ストアも発見したし、地下鉄とかJRはモザイクとは反対方向、ということを身体で覚えました。

私て、結構機械には強いんやろか・・・?
iPodも使いこなしているし。

とかなんとか言ってたら、「コワいモノ知らずなだけ」とオットに言われました。
「そのうちに、爆発するかも」と。

「マイノリティ」は、それはそれで楽しいもんです。
「わっかるかなぁ〜、わっかんねぇだろうなぁ〜」て気分。

しかも、私は「かな入力」だー。「ローマ字入力」は、さっぱりわからないんだー。
そのかわり、ちゃんと50音、どこにキーがあるか、覚えてるも〜ん。
ブラインド・タッチはできないけど。打つの、けっこう早いもん。
「ぬ」がどこにあるか、知ってますか?
「いぬ」とか打つの、妙に嬉しいんや〜。ふふふ。

最近、iPodでちょっと有名になったけど、Macintoshにはこのままのシェアでいていただきたいです。

ソフマップの店員さん、急いでいたみたいやけど、ありがとう。
ウチのMacintoshは、「iMac G3 グラファイト OSX」と、ちゃんと教えてもらいました。
もう覚えました。
またなんかあったら、行きます。

あ、ついでに、帰り道も教えてください。
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# by marurin373 | 2005-01-14 01:41 | Mac  | Trackback | Comments(3)

寺の門

かの吉田戦車氏が、著書「エハイク」の中で
「はいはいはい 坊主の蘊蓄 寺の門」
と詠まれた、あの掲示板、いつも気になります。

見てると「他力本願」みたいやから、何宗なんかなぁ、誰が言ってたんやったっけ、総本山は東本願寺か・・・? あぁ、思い出せない。

以前見たもので、今もよく覚えているのは
「私の頭には 角がある
 ぶちあたって 折れて 初めて気がついた」
・・・というものです。

しばらくは、「なるほどなぁ・・・」と、己の「角」について考えていました。
「頑張っている状態」だと自分では思っていても、他の人には頭に「角」が見えていたりして。

息子を叱る時、いつもこの言葉が頭に浮かび、
「今、私はこの子の為に叱っているのか。感情にまかせて、当たっているのではないか」などと、自問自答に忙しい日々を過ごしていました。

最近、また私の頭の中をぐるぐるの状態にしてくれたのが、
「ありのままの自分の人生を ありのままに受け入れられない自分がいる」
・・・でした。

言われれば、確かにそうだ。
病気になった時も、生活が苦しくなった時も、弟や父が亡くなった時も「なんでや?」と思ったもんなぁ。「なんで私がこんなツライ思いせなあかんのや?」と。「私、なんか悪い事したんか?」とか。「私だけ、なんでなん??」と頭を抱えたりしました。
「あぁ、悪夢であってほしい」と、あがいたりしました。

でも、「受け入れられない自分がいる」ということに気付いた時点で、もう「受け入れている」状態になっているのではないのか。
それとも、「私、やっぱり受け入れられへんわ」と拒絶できるのか。

いくら拒絶しても、受け入れなければしょうがないことは、たくさんあります。
「いやや、いやや、」と、いくら泣いても虫歯になったら歯医者に行かないといけないし。

「受け入れられていない自分」に気付いたら、もう「受容」している、と思ってもいいのではないのか。

「私は、知らない、ということを知っている」と言った、アテネの虻であるクサンチッペの旦那、ソクラテスのような結論に至りました。

私の頭の中は紀元前。
そろそろキリスト教と出会う時期を迎えるのかなぁ。

しかし、「一神教」は、ある意味、恐ろしいです。
とてつもない力を感じます。
「オーマイガー」という言葉が日常で頻繁に使われる、ということからして、八百万の神のいる日本人の私には理解できません。

しかし、「一神教」は、何も宗教に限ったことではありません。
ひとつのことのみに頼る、そのことだけを信じる、ということは、競馬馬のような目隠しをされた状態でもあります。

「これは躾けや」といって虐待を続ける親も、また「歪んだ一神教」を信じているのかもしれません。

すべてそれが原因だ、と言いきれたら、どんなに楽になるやろう、と思う時があります。
でも、それが崩れた時、それを信じなくなるどころか、反対に信じていた自分を疑い、ますます深みにはまってしまうように思います。

少しづつ、少しづつ自分の位置がずれていっているのに気付かないで、ふと気がつくと、取り返しのつかないことになっていた、ということは、よくあることです。

理論の積み上げは、この辺りを慎重に扱わないと、結論が180度変わって来たりしてしまいます。
反対に、結論から出発して、その考えが正当である、と遡って行く場合にも、理論が1ミリづつずれていって、自分の都合のよいように変えていってしまう、ということも簡単にできます。

寺の門にある張り紙は、決して長文ではありません。
私でも、覚えて帰ることができるくらいの長さです。
だからかえって、インパクトがあって、いろんなことを想起させてしまうのかもしれませんね・・・坊主の蘊蓄が。
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# by marurin373 | 2005-01-11 23:58 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(0)

遺伝

私は、絵を描くのが、非常に嫌いです。

私の両親は、同じ高校の同級生でした。
その高校には「普通科」と「美術科」があり、2人は「美術科」だったので、父と母は絵を描いたりモノを創ったりするのが好きな人達でした。
当然、絵も上手かったのでしょう。才能もあったんでしょう。
父は卒業後、紳士服のデザイナーをしたり、染織家をしたり、とにかく「美術関係」の仕事をしていました。
母も服飾メーカーに勤め、寿退社をしてからも、家で手描きの仕事をしたり、洋服屋に勤めたり、今は1人でブティックをしています。

そんな両親に育てられた私ですが、本当に絵が上手くありません。
いや、描けばどうなのかわからないけれど、とにかく「何を描いても下手やな」と言われ続けて育ちました。

夏休みの宿題なんかは、まず母にダメ出しをされ、描き直して、また父にダメ出しされ、本当に泣きながら描いていました。

「絵を描く」ことは、私にとっては「トラウマ」となっています。
「絵を描く」「期待される」「上手く描けない」「失望され、非難される」の繰り返し。
2度と、絵なんか描きたくない、といつも思っていました。

何故か、たまたま上手く描けても、決してほめられることはなかったし、学校でもそんな目で見られていました。
普通に描けても「親があんな仕事してるのに」と批判され、上手く描けると「やっぱりな」とか「手伝ってもらったんやろ」などと、先生達にも言われていました。

私は、「国語」や「算数」の時間があるのは仕方がない、と思っていましたが、「図工」の時間が何故あるのかわからなかったし、「美術」の時間は苦痛でしかありませんでした。

だから、もう「絵を描く」ことがイヤでイヤでしようがなかった。
「楽しんで描く」ことなんて、1度もなかった。
自分が満足するよりも、「ヒトから見てどう思われるか」ばかり考えてしまい、結局何も描けない。ちっとも楽しくなんかない。

中学3年の時、私は「絵の才能もないし、好きな国語の勉強をしよう」と思い、普通科に行って、大学は国文科のあるところに行って・・・と計画を立てていました。

しかし、両親は自分達の母校へ行くように、と言いました。
確かに、私は小学校の時、担任の先生に「すごく天才になるか、とんでもなく不良になるか、そのどちらかになりそうです」と言われました。
ま、変わっていたんでしょうね。両親は普通科に行ったら、すぐにでも退学しかねない、と思ったんでしょう。私立の女子校なんて、とんでもない。経済的にも無理だし。

でも、私は「絵の勉強をする」なんて、絶対にイヤだ! と拒否し続けました。
その頃には、その高校は独立していて、美術だけの高校になっていましたが、公立なので、まず絵の試験があり、合格したヒトだけが公立の試験を受けられる、という制度になっていました。
「絵の下手な私が?! 落ちるのわかってて、なんで受けなあかんの?! 上手なヒトが行く高校やのに?! 私は嫌いやのに?! したい勉強があるのに?!」と、そればっかり言い続けました。

毎日、両親とケンカしていました。
でも、「絵が不合格なら、普通科を受験できる」と諦めて、表向きには両親の勧める通りにすることにしました。落ちる自信なら、ある。

でも、それからが大変でした。
「受験の為の絵の練習」を毎日何時間もしなければならなかったし、受験勉強もしないと、私の秘密の計画がダメになってしまう・・・。
とにかく、絵はいいから勉強したい私と、絵が下手なので練習させたい親と、またケンカの日々です。

でも、幸か不幸か、一次試験である「絵」で合格してしまいました。
予期していなかった私は、かなりうろたえましたが、とりあえず公立の試験の勉強をして、そして春には「美術科」の生徒となりました。

しかし、結局大学は普通の文学部に進むことになり、私の「絵」はますます中途半端となりました。理論とか歴史は知ってるけど、何にも描けない。
あの3年間は、私にとって、何やったんやろう・・・。

中3の時の計画のことを思うと、ま、80%はうまくいったことになります。
好きだった国語ではなく、どちらかというと苦手だった社会の勉強をすることになったので・・・。

さて、非常に長いながぁ〜い前置きは、ここでおしまいです。

私の息子が絵を描くと、必ず「やっぱり血やな」とか「遺伝や」とか言って、褒められるんです。
私は、「単に、息子が好きな絵を描いて、それが上手く描けただけで、決して遺伝ではない」と思うのですが、「世間」は「血筋」だと言わはります。

どこまでが遺伝で、どこからがその子の特性なんやろう・・・?

私が心配なのは、息子自身が「オレは絵を描くのが好き」と純粋に思っているのに、「血をひいてる」だの「●●に似てる」とか言われて、変に期待されて、それがプレッシャーにならないか、ということです。

今は伸び伸びとした絵を描きます。だんだんと人間は人間らしくなり、○ちゃんの耳はちゃんと三角で、尻尾もくるりと巻いています。

でも、それが「当たり前」とされて、ほめられなくなったり、逆に「この子は受け継いでへんのやな」と、私と同じ事を言われて、そのために絵がキライになったりしないか。
絵が上手く描けることが自信であったのに、「血」の一言で片付けられてしまうと、息子がすごく傷つくように思うので・・・。

息子は、弟にそっくりだそうです。
でも、産んだのは私なんやし、「かあちゃん似やな」と言われたい。
ま、弟と私はそっくりでしたから、私の「男版」なら弟、ということになるのですが、それでも息子に弟のイメージを重ねるのは、もう辞めて欲しいのです。

弟は弟!
息子は息子!
それぞれ、別の個性の持ち主です。当たり前やけど。
でも、「いっしょくた」にしてしまうヒトは、本当にたくさんいはるので、ビックリします。

・・・でも、やっぱり法事なんかで親戚で集まると、「やっぱり誰に似てるなぁ、」だの、という話題になるんですけどね・・・。

「遺伝」て、どの程度受け継がれて行くんでしょうかね。
「才能」まで遺伝するんでしょうかね。

私の母校は、本当に「一族皆同窓生」というのが、珍しくありません。
誰も、こんなトラウマを抱えることなく、楽しんで絵を描いてはるんでしょうか・・・?

ちなみに、私は息子の描いた絵を、決して「否定」しません。
頭の中のイメージが、上手く手に伝わる、というのも「発達」の段階だからです。
この世に「正しい絵」があるのかどうかわかりませんが、息子なりのイマジネーションでもって描かれた絵は、批判どころか「賞賛」に値するものばかりです。

だから、誰も息子をつぶさないでほしい・・・と、切に願います。
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# by marurin373 | 2005-01-11 00:47 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(0)

そもそも

「子育て」って、何だろう?!
ふと、不思議に思う時があります。

横を見ると、もう一生つきあうことになる「子供」がいて。
オットとは紙1枚の関係ですが、息子とは「血」で繋がっている。

「血」がつながっているから「好き」なのか?
それとも、そんなことは関係ないなだろうか?

私は、産んだ瞬間に「親」になりました。
だから、まだ4才です。

「子育て」は「自分育て」である、と言ったのは、かの伊丹十三氏です。
もうあんまり書店で彼の著作を買うことはできませんが、オススメです。

私に多大な影響を与えた彼の著作も、もう新刊を読むことはできません。

あと、伊丹十三氏は、エッセイの達人でした。
椎名誠を読んだ後に東海林さだおを読み、そして伊丹十三を読むと「遡って行く」感が味わえます。
とにかく、「面白い」のです。こう、大爆笑というより、片頬をひくひくさせるような、そんな「笑い」です。ある意味、味わい深い「笑い」と言えましょう。

もう何度読んだことか・・・。
現在読むと、少し古い感じがするかもしれませんが、充分楽しめます。
10代、20代、そして30代と、読む時々で理解の仕方が変わる自分も楽しめます。

「子育て」の参考に。
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# by marurin373 | 2005-01-09 18:58 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(0)

○ちゃぁ〜〜〜ん〜〜〜

会いたいです、ホンマに。
でも近いようで遠い実家。
いつでも帰れそうでいて、なかなか帰れへん〜〜。

実母は孫に会いに来ますが、○ちゃんは電車に乗れない・・・。
キャリーケースになんて絶対に入らないし、小型犬じゃないので「持ち運び」ができない。
本音は、実母よりも○に会いたい・・・。

でも、私、悲しいかな「犬アレルギー」であることが判明してから、まわりが逢瀬を許してくれません。
特に毛の抜ける時期は、絶対に会わせてもらえません。

目が真っ赤っかになって、涙ボロボロ出て、痒くて、洟だらだら、くしゃみは止まらず、咳はヒドくなり、やがてゼーゼー言いだして救急で病院に行く・・・そんな状態になってもいいから、
会いたい〜〜〜。

点滴打ちながら遊ぶ、というのは不可能でしょうか?

「SEY HELLO あのこによろしく。」について、以前ちょこっと書いていましたが、もう暫く封印します!
だってぇ〜、もうすぐに泣けるんやもん〜〜〜。
で、必ず最後は「○ちゃぁ〜〜ん〜〜〜」と身悶えする状態になってしまうから、なのでした。

実物をご紹介しておきます。

まさに、泣き笑い。アホの丁稚の寛美じゃないんやから。んもう。
・・・ちょっとだけ見て、寝ようかな・・・。
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# by marurin373 | 2005-01-09 00:44 | ○わんわん | Trackback | Comments(0)

DVDが届いた!

待ちに待った、「生活発表会」のDVDが手元に届きました。
よくできている・・・。
ちゃんと編集もしてあるし、タイトルなんかも、それっぽい。

いいなぁ、産まれた時から「ビデオ」があるなんて。
おばちゃんらの頃はなぁ、あったとしても「オープンリール」ちゅうヤツやったんやでぇ。「頭だしピッ」なんて、夢のよう。
写真も白黒やったんやでぇ。
テレビは「総天然色」とか言われて、チャンネルぐるぐる回してたんやでぇ。
・・・と、現代っ子に対する嫉妬は別にして。

家に着いて、早速見たんですが、やっぱり息子ばかりに目が行ってしまい、他のお友達の様子なんて、目に入らない。
何度も同じ歌のところを見て、やっと「あ、このコ、泣いてたんや」と気付きました。

で、もう既に、どこでまちがってるのか、とか、ここで客席の私に手を振る、とか、わかっているので、無意識に「見ないフリ」をしていたり、わざと「ここで、振り返るんやんな」とか言ってみたり、とにかくじっと黙って鑑賞することなんて、不可能です。

息子本人は、「見たいけど、気になるけど、みんなで見るのはちょっとイヤかも」てな感じでした。
「はずかしかってん」「きんちょうしててん」と、こちらが何も言わないのに言い訳してました。
3回目くらいになるとさすがに、テレビの前で別の歌を歌ってみたり、邪魔したり、そして5回目くらいで、とうとう「もうええかげんにして」と言われてしまいました。

で、ある先生の言葉を思い出しました。
「この子達は、耳だけで歌を覚えているんですよ」の一言。
確かにそうだ。
「デカレン」の歌なんかも歌ってるけど、私は曲を聞いて、歌詞カード見て、と、目と耳で覚えようとするけれど、息子は耳だけで覚えている。

これって、すごいことですよね〜。
きっと、何度も何度も聞くんやろうなぁ。

確かに、かわいい「聞き間違い」「覚え間違い」はあるけれど、本当はそんなことはどうでもいいのかもしれません。
「曲」として、なんというか、「気持ちいい感じ」とかだったら、それでいいのかも。

昔、弟が「ウルトラマン」のオープニングの曲の2番の出だしのところを
「せにしさ あふせる ひかりとひかり〜」
と歌っていました。
私は「さびしさ あふれる、のまちがい? ウルトラマンがさびしい? せにしさ って、何や?!」と思い、曲をよく聞いてみると、
「てにした カプセル ピカリとひかり〜」
でした。
当時、若かった(と、いうより文字通り子供だった)私は、弟を笑いました。
「ちがうでぇ〜〜」と間違いを指摘し、ご丁寧に正解を教えたりしました。

それ以降、弟は「ウルトラマン」の2番は歌わなくなりました。
それでも、悪魔のような姉は、「なぁ、ウルトラマンの2番、うとてぇな」とか言って、弟をいじめるのでした。

でも、今となって思うに、弟が勇敢でカッコいいウルトラマンを思い描きながら
「せにしさ あふせる〜〜」と歌っていたのなら、別にいいんじゃないのか。

息子はお風呂で「とんぼのメガネ」を3番まで歌ってくれましたが、
「とんぼの めがねは あかいろめがね  
 おてんとさまをみてたから みてたから〜〜」
と、歌詞は正確でしたが、「おてんとさま」の意味を知りませんでした。

私達も、洋楽を聞いて「ええな〜」と思うことがあるけど、あれは「歌詞がいい」と言って聞くよりも、やっぱり「曲調」とか、耳で感じて「ええなぁ」と思うことの方が断然多いような気がします。
「ボヘミアン・ラプソディ」の日本語訳を、何年も経ってから知り、驚いたこともあります。
砂漠なのか、デザートなのか、欲望なのか、よくわかってないのに、ボノが歌うと「カッコええ」と思ったり。
「おれは〜高速道路の星〜〜」で「カッコええ!!」やったんですもんね。
確かに「あ〜なきぃ〜んざゆぅ〜けぇっ!」て、絶叫してた頃もありました・・・。

確かに言葉も大事だけど、「耳」だけをたよりに音楽を楽しむことって、最近忘れていたような気がします。

ん?
そうすると、「言葉」って、何?
「カッコいいイメージ」を思い浮かべながらの「せにしさ あふせる」でもいいとしたら、「言葉」ってなんや?

あぁ、「言語論」とか「意味論」とか「言霊」とか「ロゴス」とか「メタ言語」とか、単語は浮かぶけど、繋がらない〜〜〜。
また頭の中がぐるぐるしてきました。

前は、この「ぐるぐる」をいつまでも「ぐるぐる」させておけたり、ほどいてみたり、文献を調べたりしたものですが、最近は「ぐるぐる」したことだけ覚えていて、もうほっといてしまうような、イヤなおばはんになってしまいました。
「もうな、そんな暇ないねん。いそがしねん。人生、そういうもんやねん」て。

ま、「言葉」は伝える為の手段である、と考えると、「せにしさ あふせる」では、正確に伝わりませんよね。

曲も歌詞の内容もわかると、より一層「ええな〜〜度」が上がる場合と、「なんやこれ〜〜度」が下がる場合があるようです。

あ、劇「3匹のこぶた」で、女の子に「こっち!」と叱られている場面、ちゃんと写ってました。そして、当たり前のように、私もオットも「見ないフリ」をしてました。
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# by marurin373 | 2005-01-08 03:53 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(0)

元旦

これで、何回目の元旦を迎えたんやろう・・・?
特に、何も変わらないことを知っているのに、なんでドキドキしてしまうんやろう?!

年越しは、息子と「ジャニーズ」の年越しコンサートを見ながら、でした。
確か昨年もこの番組見て年越ししたなぁ。
そういえば、毎年これ見てるなぁ・・・。

ちょっと恥ずかしい告白。
昨年(と言っても、さっきまでですが)は、非常に辛く、厳しく、しんどい1年でした。
病気のことも、ですが、ホンマに息子がいなかったら、どうかなってたかもしれない。

そんな中で、ふと、本当にふと、kinki kidsの「フラワー」を聞いたんですよ。
そしたら、な〜んか心に染みて、「ああ、私頑張ってる・・・叶わない夢はないんや・・・」と思ったのです。
そんな大した夢なんてなくて、ただ「普通の生活」がしたかっただけなんやけど。
「普通、当たり前ってのは、奇跡に近い」と思い知った1年でありました。

今年は、穏やかな1年でありますように。

そうそう、奈良の事件、逮捕されて、本当によかったです。
子供を持つ親達は、もうぴりぴりしてます。

子供を取り巻く環境は、年々悪化していってます。
そんな中で、今年、息子はどんなことをしでかしてくれるんでしょうか?!
思いっきり笑って、驚いて、叱って、そんな日々なのかなぁ。
鍵盤ハーモニカ、できるんかなぁ。いやいや、今は考えまい。

ああ、今年は入院したくないなぁ。
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# by marurin373 | 2005-01-01 02:46 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(1)

「生活発表会」

今月初めに、息子の通う保育園の「生活発表会」がありました。
昨年は、舞台に出ている間中泣き続け、先生に抱きかかえられ、でもまだ泣き続け、今すぐにでも連れて帰りたいような状態でした。

その時の全体写真、今もアルバムに貼ってありますが、物悲しい気分になります。

で、今年。
歌も、ただ歌うだけではなくて、小さな踊りや鈴も鳴らすらしい。
劇も、ちゃんとした物語になっているらしい。
やっぱり、だんだんと難しく設定されているようだ・・・。

しかも、ビデオとかDVDの販売もするらしい。
みんな申し込んでたりしたはるけど、またずっと泣いてるDVDなら、正直見たくない・・・。
申し込み期限が発表会の後だったので、ま、見てから申し込もう、と思って。

思い起こすと、昨年は風邪をひいてしまって、たくさん休んだために、練習があんまりできなかった。
みんなができて、自分ができない(と、いうか、知らない)劇や歌なんて、面白くない。
風邪も治らない。で、また休む。で、またわからない。面白くない。
・・・という、悪循環の結果が昨年の「舞台上での大泣き」であったのやもしれぬ。これは、私にも責任の一端がある。

そこで、今年はまず、「健康管理」。
幸い、今年は暖かくて、そしてだんだんと丈夫になってきたようで、風邪もひいてない。
家でも、練習する時の歌も歌っている。
「いち、やーすみ、に、やーすみ、さん、やーすみ・・・」って、ずっと「休み」のようだ。
これなら、息子にもできるもしれない・・・!

プレッシャーを与えないように、でもやっぱり話題は来る「生活発表会」になってしまう。

以前、「かあちゃんがみてると、なんにもできひんようになってしまうねん」と言われたことがあるので、それとなく、「今度は、かあちゃん、見に行ってもいい?」と聞いてみたり。

そんな日々を過ごして、「お誕生会」のために練習ができなかった、と言って怒ってたので、私の期待は否が応にもふくらんでしまう。

「今年こそ」「今年は」「きっと」「もしかして」「たぶん」「そこを何とか」でも、絶対に息子には言わずに、私1人で悶々としていました。

当日。機嫌はいい。それに、暖かい。朝ご飯も、しっかり食べてる。
「よし、この調子なら・・・」私は密かに、デジカメを用意しました。

プログラムを見ると、割と最初の方と、終わりの方。
そこまで、息子は我慢できるやろか?
途中で、「もうやめる」なんて言わないだろうか?
プログラム見ただけで、もう不安でいっぱいになる、私。

やがて、順番が来た。
おお! ちゃんと、出てきた! ま、多少顔は引きつっているけど、自分で歩いて出てきた!
そして・・・。
なんと、ちゃんと鈴を鳴らしている・・・。
時々、上の方に持ち上げて、フリフリしたりしている・・・。
歌も歌っている・・・。
随所に、踊りもしている・・・!

私は、これほどまでに心を揺さぶられた「おもちゃのマーチ」を聞いたことがありません。
そして、当たり前のように、泣きました。涙が止まりませんでした。
こうして泣いている自分を見ている私までもが、泣いていました。
そして、それがちっとも恥ずかしくなかったのです。
今年は、息子が泣かずに、私が泣いたのでした。

私は精神的に忙しかったし、1音でも聞き逃すまじ、という心境だったので、デジカメの出番はありませんでした。

最後の方での劇は、「3匹のこぶた」でした。
「わら」の家を作る、「なまけものの子豚さん」を見事なまでに演じきり、劇は終了しました。

ただ、たった1度の「舞台稽古」の日に、私の祖母のお葬式で休んだので、段取りや立ち位置がわからず、同じ「おにいちゃんぶたさん」の女の子に「こっち!」と思いっきり叱られてました。

もちろん、DVDを注文しました。当たり前です。

昨年できなかったこと、春にできなかったこと、夏にできなかったこと、そして昨日までできなかったことが突然、今日できるようになった日は、なんとも幸せな、嬉しい1日になります。

そんな発見ができる日々は、「子育て」の中での「黄金時代」かもしれませんね。
もうじき「偏差値がどうの」「進路がどうの」という日がやってくるやろうし・・。

息子は、この1年、1ヶ月に1センチづつ身長が伸びました。
昨年「来年も余裕で着られるように」と思って買っていた120センチの服が、ぴったりです。
今年は、またもや「来年も、余裕で着られるように」と、130センチの服を買っています。
そして、たくさんの「着られなくなった服」ができて、それぞれいろんな方にもらっていただきました。

「130」の服を買っていると、大抵「小学生ですか?」と聞かれますが、息子は正真正銘、まだ4才です。サバよんだりしていません。
身長が高いから、何かと目立つし、「できないこと」も目立ってしまうのかもしれません。

よくよく考えてみると、「3年保育の幼稚園での年少さん」な年なワケで。
そう考えると、少々、朝「かあちゃんがいい〜〜」とダダをこねても、「仕方ない」と思えるようになりました。
いくら「オレは、かあちゃんとけっこんする」と宣言していても、まだ4才なんやったな。

ずっと我が子だけを見て、そして集団の中で見比べてしまうクセがつくと、落ち込むことの方が多いような気がします。どうしても「できないこと」を探してしまうし。

今日は、ひらがなの「ま」と「き」と「ゆ」が書けるようになりました。
なんで「し」とか「へ」が書けへんのや? そっちの方が簡単やん?! と思うと、子育ての「ワナ」にはまります。
書けた〜書けた〜と喜んで、寝ることにします。
「ま」の横棒が3本あろうと、それはそれでいいのです。
また明日、「実は2本でいいのだ」と伝えればいいのであって。

こうして、この人は、ゆっくり、マイペースで育っていかはるんやなぁ、とつくづく思います。
ごちゃごちゃ考える私の方が、人間できてないような。
それに、「マイペース」が当たり前なんやもんな。
まだ「知識」とか「教養」を身につけるのではなくて、「発育」の段階なんやから。
背が伸びて、体重ももうじき20キロになりそうなんやし、なにより。
オットよりもカッコいいお尻してるしね。

ああ、DVD、まだできないのかな〜〜〜。 
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# by marurin373 | 2004-12-29 03:17 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(2)

さすが、師走

ふと気がつくと、こんなに書いてなかったのか・・・とオドロキました。

文字通り、心身共に忙しい日々でした。

父方の祖母が亡くなったので京都へ帰っていたり、息子の「生活発表会」があったり、いつもの医者通い、区役所通い、息子の風邪、そして私もうつって寝込んでたり。

取り敢えず、毎日Macには向かうんですが、「何か」を書く気力と体力と時間がなかった・・・。頭の中もぐちゃぐちゃやったし。

別に、いろんな事のメドがついたわけではないのだけれど、今、思っていることを・・・と思って、で、なんか書き留めておこう、と思ったのですが、イマイチ何を書いていいかわからない状態です。

でもまあ、喜怒哀楽が激しいのは、本当に疲れますね。
泣いたり、笑ったり、怒ったり。それが1日の内で何度も繰り返される。
私にとっては、移動やいろんな人への挨拶も疲れました。

お通夜とお葬式の前に、息子に「おとなしいにしてんと、お空からおばあちゃん、見たはるえ」と言うと、「え?! おばあちゃん、サンタさんやったん?!」と驚いていました。
確かに、12月に入ってからは、「おりこうさんにしてんと、サンタさんが見たはるえ」と言ってたっけ。
そして、息子のこの一言で、心がほぐれました。

しかし、親族が亡くなることは、何度経験しても、慣れないものですね。

私の父は、もう既に亡くなっているので、私が代理となり伯父と相談したり挨拶したりしていました。
そして、残る問題は「遺産相続問題」です。
ケンカしたり、調停などせずに、無事すむかどうか・・・。
伯母も叔母もいるし。はぁ。

相続人の1人である、父が亡くなっていると、「代襲相続」をするんですが、これがまた大変そうで、面倒な感じがして。
「ハンコ」とか「印鑑登録」とか「戸籍謄本」とかその他いろいろもろもろ・・・。
「法的」なことと、「情的」なことが絡みそうで。

とにかく、納骨までに「お勉強」せな、ということで無料の法律相談に行ったりしましたが、そもそもこんなことを考えなあかんことが、悲しくて。

私の弟、父、祖母、と、この3代は、全て逆の順序で亡くなっているのです。
だから、祖母のことでも、私に直接関わってくるわけです。

「昔、ある貴族が、高名な僧侶のところへ、新年の挨拶に行った。そこで、貴族は僧侶に「何か書を」と頼むと、その僧侶は
『親死に、子死に、孫死に』
と書いた。それを見た貴族は、正月なのになんと縁起の悪い、と文句を言ったが、その僧侶は「順番通りに亡くなること、こんなに幸せで良い事はない」と言い、貴族は納得して、ありがたくその書をもらって帰ったー」

そんな一文を思い出しました。

子供が親よりも先に亡くなると、「お山」には行けません。
だから、弟の時は私が代表でお骨を拾いました。
アレ、つらかったなぁ・・・。
「何で私がこんな悲しいことせなあかんの」て、ずっと思ってたっけ。

ま、それを思うと、おばあちゃんは、90才だったので、大往生です。
でも、最後まで私の病気を気にかけてくれたはったそうです。

孫の中で、一緒に暮らしたことがあるのは私と弟だけなので、今となってはもう私だけが、唯一、共に暮らした孫となりました。
だから、実にいろんな事を思い出しました。多分、他の従兄弟達よりも。
いい事も、わるい事も。ケンカもしたなぁ。

私が一番怒られたし、一番心配もかけました。

おばあちゃん、ごめんね。んで、ありがとう。
と言って、お別れしました。

そして、息子の「生活発表会」。
これについては、また長々と書くと思うので、またの機会に。
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# by marurin373 | 2004-12-23 02:41 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(0)

「甘えんぼさん」

最近、息子がこっそりと、私に「・・・甘えんぼさん、していい?」と聞いてきます。
絶対にオットには聞こえないようにして。

大抵は「いいよ」と言って膝に乗せて(これが重い! 4才で19.5キロある!)、息子が呟くことを「ふむふむ」と聞くのですが、今日は忙しかったので、なかなか「甘えんぼさん」ができなかった。すまぬ、息子よ。

聞いてみると、「●●ちゃんが、××て言わはった」とか「みんなが、わろた」とか、息子なりの愚痴なんですが、なんでこの頃突然に? と、不思議に思っていました。

で、先日保育園の先生と話していたら、「最近おふざけしなくなりましたよ」、「すっごくいい子にしてるんです」、「泣かなくなりました」とかおっしゃってました。

で、推測してみるに、4才の息子なりに「やせ我慢」をしていて、泣きたい気持ちを「ぐっ」と我慢して、ストレスがたまっているみたいなのです。

で、「甘えんぼさん」と称して、「あのなぁ、あのなぁ、かあちゃぁ〜ん〜」と甘えてきている感じ。

それに、3才の時にできた事を、「もう、できひんようになってん」と言って、やれパジャマを着せろだの、ボタンもはめろだの、シャンプーしてくれだの、ちょっと言いたい放題。

この「甘えさせる」時と、「自分でしろ」と言う時の、瀬戸際が難しいのですよ。
ポイントをまちがうと、余計泣いてしまって手こずったり、「えへへ〜」とニヤリとされたり。

(・・・と、いうことは、以前は保育園では、「おふざけが過ぎた」り、「いい子でなかった」り、泣きたかったら「泣いてた」ってことですよね・・・。)

振り返ると、まず全部私が世話をする時期、ちょっと興味を持つ時期、させてみる時期、そして何でも自分でしたがる時期、・・・ときて、別に下に赤ちゃんが産まれたわけではないのに、何故か「赤ちゃんがえり」してしまいました。

泣きながら寝てしまった息子の寝顔を見ていて、ふと思いました。
「大人でも、甘えたい時、あるしなぁ・・・」と。
愚痴をこぼしたい時もあるし、泣きたい時もあるし。

もしかしたら息子は、私が絶対に自分の味方かどうか、いつも確認しているのではないんでしょうか。
「かあちゃんなら、わかってくれるか」とか。これは、信頼関係の問題ですよね。
もっと大きくなった時、重要になることかもしれない! と、思って。

でも、これも対応が難しいです。
ただ「ふんふん」と聞いているだけでいい時と、「そしたら、思ってること、ゆうてみ」とか、助言めいたことを言う時との判断。
そして、保育園の先生に言うかどうか、も迷います。

「ナントカちゃんがたたいた」とかは「お互い様」だし、子供は絶対に「された」事は言うけど、「した」事は言わないし。

ま、今のところは「受け入れる」体制で、様子を見ています。

今夜は、「甘えんぼさん」が、納得のいくまでできなかったみたいで、突然「あしたの、おしゃしん、とらない」と言って、寝ました。
えええ〜〜待ってくれぃ!!
明日は七五三の写真を撮りに行く日なんやでぇ〜〜。
さっきまで、「あしたは、おしゃしんやな」とか言ってたのにぃ〜〜〜。
それは、息子なりの、「仕返し」か〜〜〜。

・・・今日、お医者に行ったら、「もっと睡眠時間をとった方がいいですね」と言われたんやったっけ。で、夜更かしし過ぎて、風邪ひいたんやったっけ。
「先生」の言わはる事、ちゃんと聞いて、学習しないといけないのは、息子ではなくて、実は私だったようです。
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# by marurin373 | 2004-12-04 02:58 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(1)

自意識過剰

私は、自分がしてきた仕事は何か、絶対に言いたくなかった。

私が好んで読む本の作者は、何故か早くに亡くなってしまう。
なんでやろう・・・。
それも、「何で? 」と思うような亡くなり方をされる。

私は何度も何度も同じ本を読みたくなる。
だから、図書館で本を借りるのが苦手。
「読む」のに期限があるのなんて、学校の宿題じゃないんやし、そんなのイヤなのです。
納得のいくまで読みたいし、読む時期や環境によって感じ方が変わるから、ずっと手元に置いておきたいのです。

そうなると、本がどんどん増えてきて、狭い部屋がますます狭くなってしまう。
だから、「文庫本」になるまで、待つ事になるのです。

で、先日も本を引っ張りだしてきて読んでいたら、「ドキッ」とする文章に出くわしてしまったのです。
曰く「・・・つまり、人間というのは、自分が自分のことを気にしているほどには、他人は自分を気にとめていてくれないのである。それは結局その人のひとり相撲で、自分の首を締めていることでしかない。」と。

これを読んで、冒頭の自分の仕事について絶対に話したくない、てのは「自意識過剰なんじゃないかな、」て思ったのです。

誰もが必ず出会う人達、でもその立場に立つ人はごく限られている。
警察官、裁判官、プロ野球の監督、相撲取りのように、「年上の職業」のイメージ。
上に立っているようでいて、実は下に存在するのかもしれない職業。

私が何故言いたくないかというと、納得のいくような仕事をしてきていない、て事と、今はもうしていないから、かもしれない。

そうです。私はまだ20代の時、高校で社会を教えていました。
しかも、1年契約の非常勤講師を4年間。
その後は「個別指導」の塾で、指導員てのをしてました。

そうすると、世間はいろんなことを言うものなのです。
「先生してた人の子供やったら、賢い子供が産まれるんやろうなぁ」だの、
「家でも勉強見てあげられるから、得やなぁ」だの、
「いい学校行くんやろうなぁ」だの。

その時は「そんなこと、ないですよ〜」とか笑ってましたが、実際に息子が産まれると、ますます世間はいろんなことを言うようになってきました。

そして、トドメの一言。
「先生してたようなヒトの子供が、なんで2才でおむつしてんの? 」

私は「社会」を高校生に教えた、というか、決まった時間に教室の一段高いところからいろいろと喋ったことはあるけど、「子育て」は初めてなんやで!
しかも、「おむつのはずし方」なんて、「勉強」してないし、いくら30代でも「初産」なの!!

それで、「もう絶対に、してきた仕事の事は話さない」と誓いました。

確かに、中途半端な講師だったし、力足らずだったことは認める。
自分が高校で「日本史」を習ってないのに、「日本史」を教えたこともある(あん時は、必死で勉強したなぁ)。
「若気の至り」なんていうと、その当時生徒さんだった人達に申し訳ないけど、でも、今ではもうなくなってしまった「瞬発力」と、徹夜できる体力はあったように思う。

息子が保育園に行きだして、「私の履歴」は、更に言いにくくなってきた。
だって、先生もしにくいと思うし、何より世間や先生方に、何にも「期待」されたくないんですよね。

幸いなことに、私が「先生」と呼ばれていたところとは、同じ関西でも違うところに住んでいるし、所謂「顔をささない」ので、知らん顔していられるのです。

そんなことも、あんなことも、「自意識過剰」なんでしょうかね。
「遺伝」てのは、一体どうなっているのか・・・。
そのことについては、また次回に。

・・・もう眠くなってきたし、明日がしんどい・・・こんな事は、20代では思わなかったゾ。
「寄る年波には勝てない」のを、ひしひしと感じる、今日この頃であります。
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# by marurin373 | 2004-12-01 02:16 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(4)

号泣

今日、待ちに待った、「本」が届きました。
「Sey Hello! あのこによろしく」という、本です。
人によっては、ただの「犬の本」なんやけど、チガウ!
いろんなことを思い出し、いろんな人を思い出し、そしていろんな犬を思い出すような、本。

もちろん、○のことも思い出します。
触りたい・・・と思います。
耳のニオイを嗅ぎたい・・・と思います。
今すぐにでも、会いに行こうか・・・と、突発的に思いました。

亡くなった犬たちのことも、思い出します。
彼や彼女は、いい友人だったし、家族でもありました。
もう触れないけど、あの感触や、声は忘れられません。

そして、息子。
よく「おなかを痛めた」とか「産むのは大変やったから、感謝せな」とか言われますが、私はひとりで産んだような気がしないのです。
息子も頑張ったから、私でも産めたんだと、今でも思います。

今年は七五三でしたが、私はずっと泣いていました。
妊娠がわかった時から、今日まで、走馬灯。
息子には「ほれ、はんかち」とバズの絵のハンカチを貸してもらい、泣いてました。
「て、つないどいたげる」と、手もつないでもらってました。

・・・そんなことも、こんなことも、思い出す本です。
知ってらっしゃる方も多いと思いますが、サイトを記しておきます。

「SEY HELLLO」

・・・です。
犬好きな方も、そうじゃない方も、1度、見てみて下さいね。
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# by marurin373 | 2004-11-28 02:57 | ○わんわん | Trackback | Comments(4)