40℃

誕生日の次の日の今日、たかしは40℃の熱を出して寝込んではります。


たかしのランドセルの中を見ていたら「作文ファイル」というのが出てきました。


以下はたかしの作文です。


「明日、いっしょにまるちゃんとさんぽいこな」
と、おかあさんが言った。まるというのはペットの犬の名前。
それはほいくえんのとき、おばあちゃんの家にいた。おばあちゃんの家について、最初の夜、おかあさんにそうゆわれてたのしみにしていたら、へんな音がした。まるちゃんがキャベツみたいなのを出していた。へんだと思ったおかあさんが、動物病院へいくため、タクシーをおかあさんがよんだ。タクシーの中で「クソー」っていっていたのが聞こえた。そのとき、おかあさんがおこっているときとと同じ顔だった。ぼくは、どうしたらいいのかわからなかった。夜の中オレンジ色の光が道路をてらしていた。これからどうなるかわからなくて、こわかった。そしてかなりねむけがさめた。動物病院についたとき、すごくこわかった。
かえってから、その次の日まるちゃんはしんでいた。朝はやく、体をほねにかえる人ががきた。そのときぼくのうしろに、まるちゃんがいると思った。そのときだけ安心かんがあった。
ほねにするところに行くときかなり時間がかかった。ついたときもうおひるだった。まるちゃんのほねをみたときかなりこわかった。


事実とは違うところもたくさんあるのですが、これがたかしの○ちゃんの最後の思い出です。

私「くそー」て言うてたかなぁ。
こんな風になるまで放っといた亡母に対して怒ってたのかもしれません。

私達にとって、○ちゃんは唯一無比の犬です。
他の犬が○ちゃんの代わりになるなんて、有り得ません。

それはたかしにとっても同じようです。


たかしには、早く風邪を治して、元気になってほしいです。
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by marurin373 | 2010-07-28 13:40 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(4)

5月2日

今日は、○ちゃんの祥月命日です。

あれから、私の中では時間が止まったままになっています。

母を失ったことよりも、○ちゃんがいないという喪失感の方が強いのです。

何故、母は具合の悪い○ちゃんをお医者さんに連れて行かなかったのか。

いや、母が連れて行かないのなら、何故、私が連れて行かなかったのか。

後悔ばかりです。

母を責める気持ちは、母が亡くなった今もあり、やり場のない怒りを感じています。


こんな日に、清志郎の訃報を聞くなんて。

なんとも辛い夜となりました。
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by marurin373 | 2009-05-03 00:14 | ○わんわん | Trackback | Comments(2)

○ちゃんへ

今日も、あの日と同じようにいいお天気でした。

○ちゃん、そちらはどうですか?

○ちゃんが旅立ってから、もう2年になりました。

たかしも2年生、今夜は、私の拳くらいの大きさのハンバーグを6つも食べましたよ。

私もいろいろあるけど、元気です。

この辺りでは犬の散歩をしている人が多くて、柴の子もたくさん見かけます。

ついつい見入ってしまいますが、心の中では「○ちゃんの方がかわいいな」と思っています。

いつかそちらに私が行くまで、思う存分、走り回ってくださいね。
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by marurin373 | 2008-05-02 22:43 | ○わんわん | Trackback | Comments(0)

会いたい

○ちゃんに、会いたい。

会いたい。
会いたい。

あのほわほわを、なでなでしたい。

耳の匂いを、嗅ぎたい。

○ちゃんに、会いたい。

そんな夜です。
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by marurin373 | 2008-03-08 03:11 | ○わんわん | Trackback | Comments(0)

長い夜、再び

昨年の今頃、○ちゃんはたかしの横で寝たはりました。

あの時のことは、細かいところまで鮮明に覚えています。

かなり混乱していたのに、私のアドレナリンが全て放出されたためかもしれません。


昨年の5月1日のお昼に、母とケンカをしました。

「お医者さんに診せる」という私と、そして「いくらかかると思てるねん」という母。

往診のお金は、全て私が出すということで、母に電話をかけてもらいました。

「1日の午前診が終わった後で」とお願いしたのですが、都合が悪いらしく、結局「2日の3時」にお願いしました。


○ちゃんは、お風呂から出て、敷き詰められた布団の上でほたえるたかしの横で、じっとしたはりました。

突然さわられても怒ることもなく、たかしにされるがまま、穏やかな顔をしたはりました。

12時を過ぎて、それでもまだ○ちゃんと遊びたがるたかしに「早よ寝よし」と言っていたのですが、その日に限って、たかしが全然寝ようとしませんでした。


12時半になったので、私が「もう早よ寝なさい、何時やと思てるん? 明日、起きられへんよ」と叱った時、それまでたかしの横にぴったりと寄り添っていた○ちゃんが「むくっ」と起き上がり、よたよたと4,5歩歩いて、机の下で吐きました。

私は「○、何か吐いた!」と駆け寄り、吐いたものを確認しました。

○ちゃんは、そのままべったりと寝てしまい、起き上がりません。

何度も名前を呼び、大騒ぎをしている私の横で、母が「いや、この子、うんち垂れてるわ」と床を拭き出しました。

「○ちゃん!」と叫ぶと、耳がぴくんとこちらを向き、薄らと目を開けて、ちらっと私を見て、そのまま私の掌に顎を乗せて、また目を閉じてしまいました。

その後は何度名前を呼んでも反応がないので、母に「獣医さんに電話して!」と叫ぶと、母はおろおろしてしまい、慌ててメモ帳を探しますが、見つからない様子。

いつもの私とは全く違う態度に驚いたのか「わからへん、わからへん」と言うばかり。

たかしも頭から布団を被って、震えています。

私はタウンページを取り出し、とにかく近いところの獣医さんに片っ端から電話をかけていきました。

どこも繋がりません。

母が「・・・心臓、止まってる・・・」と言うので、もう頭に血が登ってしまった私は、夜中だというのに友達の携帯に電話をかけて「心臓マッサージって、どうしたらいいん?!」と叫びました。

その友達が、冷静に「夜中にやってる夜間の病院がある筈なので、そこに連絡した方がいい」と言ってくれたお陰で、私も我に返り、その「夜間動物病院」を探しました。

どこかの動物病院の留守番応答メッセージに、この「夜間動物病院」の電話番号が吹き込まれていましたが、どうしても聞き取れず、結局タウンページにあるのを見つけて、かけました。

かけた先は「南京都夜間動物診療所」です。

この時は「午前1時まで」だったので、なんとか受け付けてもらい、名前と犬種を告げました。

「今はどういう状態ですか?」と聞かれましたが「いや、もうダメだと思います」と答え、それでも行くのでお願いします、と言って電話を切りました。

タクシーを呼び、ケージに○ちゃんを抱いて入れ、そのケージを玄関まで運び、タクシーを待ちました。

ふとたかしを見ると、ちゃんと服を着て、家の中に向かって手を合わせて、何か呟いています。

「何を拝んでるん?」
「じぃじと、わーくんにな、○ちゃん、つれていかんとってって、おねがいしてる」

もう息もしていない○ちゃんが再び呼吸をしてくれるよう、私も父と弟にお願いしました。


漸くタクシーが来て、それから45分程。

診療所のスタッフの方々は、万全の準備をして、待っていて下さいました。

診察では「・・・もう、口から死後硬直が始まってます」と告げられただけでした。

私は、どうしても原因が知りたかったので、お願いをすると、エコーでお腹を診てくれはりました。

子宮に、私の握り拳大の膿みが、溜まっていました。

膿みから出た毒が、全身にまわってしまったらしいのです。


お医者さんは「ごめんな、こんな遠いところまで来てくれたのにな、なんにもしてあげられへんかって、ごめんな、」と、○ちゃんを撫でながら声をかけてくださいました。

「ほなな、みんなとお家に帰りや、ごめんな」とケージにまた入れ「ごめんな、ちょっとお尻押すで」と声をかけて、また元通りにしてくださいました。

私はスタッフの方々にお礼を言い、またそのケージを持ち上げようとしましたが、力が入りません。

連れてくる時には持ち上げられたのに、帰りには、もう持ち上げることはできなくなっていました。


たぶんすぐに帰ることになるだろうとの判断で、タクシーにはそのまま待っていてもらっていました。

帰りは、○ちゃんとの別れをどうするかを考えるよりも、母に対して怒りの感情を堪えるのに必死でした。


家の前に着いた時、運転手さんが「どうされたんですか?」と私に訊ねはりました。

私はもう既に亡くなっている○ちゃんを乗せたことに対して、何か言われるのかと思い「いや、ちょっと病気で」と言うと、運転手さんがポケットをごそごそとしはりました。

皺だらけの千円札を私に差し出して「ウチにもよう似たんがおりましたんや、どうか花でも供えてあげてください」と、言うてくれはりました。

私は、気が動転していて、道を間違った運転手さんにキツいことも言っていたので、その千円札は受け取れません、と言いましたが「いや、そら当たり前です、命かかってる時は、みなさんそうなります」と言ってくださいました。

「そやし、ホンマにわずかですけども、お花を」と言ってくださるので、私も「ほな、頂戴いたします」と応えて、千円を戴きました。


その夜はずっと○ちゃんの横にいました。

突然のことで呆然とし、事実を受け入れるのに必死でした。


あんなに腹を立てた母も、今年はもういません。

時間というものは、残酷です。

「怒る対象」をなくしてしまった私は、ただ只管に悲しいばかりです。


○ちゃん、そっちはどうや?

もっともっと時間はかかるけれど、私が虹の橋を渡る時まで、待っててや。

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私の、1番好きな写真です。


○ちゃん、ありがとう。
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by marurin373 | 2007-05-02 00:36 | ○わんわん | Trackback | Comments(2)

ホントのところ

ぴーちゃんは、本当に元気で走り回ったはります。

床材のウッドチップをケージから蒔き散らしたはります。


ぴーちゃんをずっと見ていて、私は「あること」に気付きました。

ぴーちゃんを飼うことに決めたのは、たかしの為だけではない、ということ。

悲しい別れ、つらい別れがあり、私は本当はかなり淋しいのです。


特に大したことを話すわけではないのですが、ふと「どないしたはるんやろう?」と電話をかけて、楽しく話して、電話を切る。

箸が転げたような話も、話題というか、きっかけとして電話をしてみる。

そういったことが、もう全くなくなりました。


京都では「なぁなぁ、あんなぁ、へぇ」と話し掛ける時があります。

イントネーションを文字にするのは大変難しいのですが、そう言って話すこともももうなくなりました。


昨年のゴールデンウィークは、本当につらくて悲しい、そしてお天気のいい日々でした。

今年は淋しくて心が痛い「黄金週間」です。


喘息気味なのと、この膝の痛み。

低気圧が近付いてきてるんやな。
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by marurin373 | 2007-04-30 00:42 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(2)

この、どうにもならない疲労感と精神状態は、果たして「鬱」故なのか「腎炎の悪化」によるものなのか、はたまた「甲状腺ホルモンの不足」によるものなのか。

そのどれもが渾然一体となって、結果「もうずっと布団に潜ってたい」となるのです。


そんな時。

もうどうしようもなく、○ちゃんに会いたくなります。

ふかふかに触りたい。
耳の中のにおいを嗅ぎたい。
ペロペロしてほしい。

その毛並みを撫でるだけで、立ち直れそうやのに。

でも、もう彼女はいない。

もっともっと時が経ってから、再会する予定。


「親戚さん探し」というサイトで、○ちゃんの祖父が、曾祖父にあたるワンちゃんを3人、見つけることができました。

「メールを送ろうか」とも思いましたが、もう○ちゃんはいないし。

たとえ兄弟の子を見つけることができても、私は会いたいやろうか。

○ちゃんの血統を継ぐ子がいたとしても、今の私に飼うことは不可能やし。


心が弱くなっている時には、どうしても○ちゃんのことばかりを考えてしまいます。


さて、そんな状態の私ですが、たかしはたかしで真剣な悩み事があるようです。

「なぁ、おおきなったらな、ぜったいに ちんちんに け、はえるんか?」
「そら生えるやろ」
「いやや〜いやや〜」
「イヤなんかいな」
「わさわさぁ〜て はえるのん、ぜったいに、イヤやぁ」

そして、股間に向かって合掌し、祈るたかし。

「ちんちんに けが はえませんように!
 ちんちんに けが はえませんように!」

「そんなん、お願いしても、生えるって」
「ちんちんに けが はえるんやったら、もう うまれてきーひんほうが よかったー!」

たかしにとっては、生命の誕生よりも、陰毛の発毛の方が重大であることがわかりました。

ま、私も今のまんまでいてほしいような気もするけどなぁ・・・。

しかし、たかしは「根元に生える」ということがわかっていないようです。

面白いので、放っておくことにします。


クリスマスのプレゼントも、未だ買いに行けていません。

約束したんやけどなぁ・・・。
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by marurin373 | 2006-12-21 18:14 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(4)

リード

今回は、もうひとつ大事なものを持って帰ってきました。

○ちゃんのリードです。

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リード、首輪、そしてバンダナです。


1番最近のリードは、実家に置いてきました。
妙なところで、母に気を遣います。

これらのものを袋から取り出した時、私が1番にしたことは、「そのニオイを嗅ぐ」ことでした。

少しでも○ちゃんのニオイに触れたい。
もう、あのほわほわを触ることができないのなら、せめてニオイだけでも。

どうにかして五感で○ちゃんを感じたかったのです。

他の人から見たら、変な行為かもしれません。


私が、○ちゃんのリードを眺めていると、たかしが「それ、○ちゃんの?」と聞いてきました。

「○ちゃんがな、いつも着けたはった首輪」
「ちょっと みせて」

受け取ったたかしが、まずした事は、なんと「そのニオイを嗅ぐ」でした。

親子やからかどうかはわかりません。

「まだ ちょっと のこってるなぁ」
「ちょっとだけな」
「なんか いいニオイやなぁ」
「うん、気持ちが落ち着くなぁ」

バンダナには、毛が1本、着いていました。

私は、その毛をテーブルに貼りました。

その毛が、もう堪らなく愛おしいのです。

でも、私達は、落ち込むことなどなく、反対になんかちょっと元気が出てきました。


弟と父が映っているDVDを見ることができたり、こうして○ちゃんが遺したものを手元に置いておけるのも、たかしが傍にいてくれるからかもしれません。

○ちゃん、私、頑張るわな。
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by marurin373 | 2006-08-20 19:31 | ○わんわん | Trackback | Comments(0)

○ちゃんとお別れしてから、3ヶ月が過ぎました。

たかしは、家に帰ってきた時、必ず「ただいまぁ〜!」と叫ばはります。

「誰もいてへんやんか」
「いてるやん!」
「あ、ひまくんか」
「ひまぶーだけと ちがう!」
「誰がいてはんの?」
「○ちゃんと、じぃじと、わーくん、ちゃんと いてはるやん!」

○ちゃんは、今のところテレビの上にいてはります。

やかましそうですが、みんなが1番よく見える所が好きやったし。

ある日、そのテレビの上に「ハイチュウ」が置いてありました。
包み紙は剥がされ、しかも半分齧ってある。

「こんなとこにハイチュウ置いといたら、アリさん来るえ」
「それ、○ちゃんのやねん」
「○ちゃんの?」
「オレだけ たべてたら、かわいそうやろ?」
「ほな、紙に包んだまま、ひとつあげたらええやん」
「だってなー、もう さいごの いっこやったしな、○ちゃんと はんぶんこ してんもん」

その時は齧ったハイチュウでしたが、ポテトチップスが2枚の時とか、かっぱえびせんが3本の時とか、ラムネが1個の時とか。

○ちゃんは、たかしに大事な事を教えてくれはりました。
ありがとうな、○ちゃん。


でも、いつまでもこのままにしておくのも、ちょっとなぁ・・・と思うようになりました。

もちろん、○ちゃんには、このまま傍にしてほしいけれど、この、いかにも「これ、遺骨です」というのが悲しい。

お友達のワンちゃんが眠るところに、○ちゃんも連れて行こうかなぁ。
でも、このままいてほしいなぁ。

とかなんとかボヤいていたら、友達が「手元供養」の品をくれはりました。

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この中に、遺骨が入るのです。


この中に小さな袋が入っていて、遺骨を入れます。
私は、なるべくたくさん入れたかったので、砕いて入れました。

「より○ちゃんらしくしよう」ということで、○ちゃんのシンボルだった「ウンドドドクスちゃん」のほわほわシールも貼りました。

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もう、あの「遺骨遺骨した感じ」がなくなりました。


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大きさは、たかしの手に収まるくらい。



これに入りきらなかった遺骨は、お盆も過ぎて、涼しくなったら、最後にお別れをした所の土に還そうと思っています。

○ちゃんを「感じたく」なったら、これを握ればいい。
この「大きさ」には、こんな秘密もあるそうです。

この商品は、京都の博國屋さんというところにあります。

この「なごみ」というシリーズの他にも、いろいろとありました。

(因に、HPを見ると「ヒト」のばかりですが、もちろんワンちゃんや猫ちゃんのもOKだそうです)


○ちゃんは、もう手の届かないところに行ってしまわはったようですが、もしかしたら前よりも近くなったのかもしれません。


たかしが「あのな、かあちゃんに いいたいことがあるねん」と突然言い出しました。

「○ちゃんと おわかれ するひのあさな、○ちゃんがな、オレの よこにいてる感じ、ずっと しててん」
「うん」
「あ〜、きょうも ○ちゃんと ねたなぁ〜と おもて、おきてん」
「うん」
「だからな、いまも オレの ちかくに いてると おもうねん」
「うん」
「オレと かあちゃんは、いつも いっしょやからな、かあちゃんの ちかくにも、○ちゃん いてるっちゅうことや」
「そやなぁ」
「そう おもうと、なんか さびしくないな」
「そやなぁ」

また、ちっこいおっさんに教えてもらいました。
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by marurin373 | 2006-08-06 23:30 | ○わんわん | Trackback | Comments(4)

天候に伴い

帰洛するちょっと前から、なんとなく兆候はありました。

ご飯を食べて、お風呂に入って、たかしと笑って一晩寝たら、もうすっきりと忘れられるくらいの些細な事。

ふと気が付くと、それらが積もり積もっていて、私はかなり落ち込んでいました。

「私て、今落ち込んでるな」とわかったのは、実家で1人でお風呂に入っていた時でした。

その夜、たかしはばぁばとお風呂に入ったので、私は久し振りに1人でお風呂に。

なんかもう突然悲しくなってしまって、ぼろぼろと泣きました。

私は、かわいそうやなんて思われたくない。
「気の毒」でも「不憫」でもない。

だって、足が悪くても、子育ては大変ではないし、内部障害があっても、生活はしていける。
お金はないけれど、ご飯もちゃんと食べてるし、電気も点いてるしガスだって点くし。

もういなくなってしまった親や兄弟や、そして犬のこと。

だからといって、私はいつまでも「かわいそう」じゃない。

でも、やっぱり、健康が羨ましい。
兄弟がいてはるのが羨ましい。
犬を飼えるのが羨ましい。
お金のある人が羨ましい。

こっちではもう普通にしているのに、やっぱり帰ると、精一杯繕っていた部分が解けてしまいます。


そして、○ちゃんのいない家。

母が○ちゃんとの「日常の思い出」を話すと、もうやたらと腹が立ちます。

私にとって、○ちゃんに会うことは、もう「日常」ではなく「特別」でした。

○ちゃんのいる生活が「当たり前」だった母が、羨ましいのです。

そして、未だに母を許していない自分がいました。


私は、きれいな感情だけでは生きていけない自分を持て余していました。

「感謝」「尊敬」、そんな気持ちだけ持って生きていけたら、どんなにいいやろう。

実際には、羨望や嫉妬、怒りやなんかのどろどろとした醜い感情が、胸に渦巻いているのです。

小さな事で腹が立つ自分を抑えるのに、本当に苦労し、そしてもうぐったりしてしまいました。


そしてやっぱり、○ちゃんがいなくなって、もう本当に淋しくて悲しくて、泣いてしまう自分がいました。

頭では「泣くと○ちゃんも悲しむ」だとか「虹の橋で待ってくれている」とか、そんなことはわかっています。

でも、どうしても理屈ではない部分が、まだ過敏に反応するのです。


「怒り」や「悲しみ」のメーターが振り切って、もう既に何も感じなくなったのだと思い込んでいましたが、私はまだまだそんな境地には達していませんでした。


思えば、今の生活に切り替わって1番に思ったことは、ご飯てなんと美味しいものなんだろうということと、夜に眠りに落ちることは、なんと気持ちのいいものなんだろうということでした。

たかしが元気でよかった。
私の足が動いてよかった。
今日も起きられてよかった。

改めて「生き出した」私にとって、平凡なことも充分に感謝すべき事柄でした。

でも、私は現状に甘え、たかしにも甘えていたのかもしれません。

たかしの元気が「日常」であるこの生活を、もっと大事にしないといけないなぁなどと自戒しつつ、こっちに戻ってきたのでした。


怒り続けることは、本当に精神力を消耗します。

どうにかして、淡々と裁判を続けることは可能なんでしょうか。

9月には、私の「原告本人尋問」があります。

私のすべきことは、たかしとの生活を大事に守ることのみ。

なので、今夜もしっかりとご飯を食べて、楽しくお風呂に入って、笑いながら寝ようと思います。


今日は、写真を1枚。

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新聞を読む○ちゃんです。

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by marurin373 | 2006-07-21 17:47 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(10)