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パチモンくん

私が、coopの個別配達で購入した、白くてサイコロみたいな、んで、よく汚れが落ちるっていうスポンジで、台所のシンクを洗っていたら。

「お、かあちゃんも、それ使てるん?」
「何が?」
「それ、激落くん」
「ああ、これか」
「オレんとこも、それ使こて、いろんなとこ洗ろてるわ」

たかしよ。

君は、いつから「店長」になったんや?

たぶん、まだ名札に「実習中」て書かれてるんやろ?

ま、嫌がらずに頑張ってるみたいやさかい、その高飛車な態度も、今回だけは、許しましょう。

「学校は、お金を支払って、いろいろ教えてくれはるところ。
バイトは、いろいろ教えてくれはるのに、お金がいただけるところ。
ありがたいなぁ〜」
と、私が言うたら、たかしは「なるほどなぁ」と、納得してはりました。

しかし、英語の宿題も、頑張れ。








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by marurin373 | 2017-07-30 09:23 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(0)

17

今日は、たかしの17才のお誕生日です。

私も、かあちゃん歴17才。

17年前の、24日、25日、そして26日のことは、今でも鮮明に覚えています。

出産は、決して母となる私だけの力で赤ちゃんを産むのではなく、たかしも自然の摂理通りに生れようとしていたのだと知ったのは、いつやったんやろう?

たかしと2人で暮らし始めて、もう13年。

何か壁が現れては、なんとか乗り越え、するとまた何か問題があり、どうにか解決し、また山が現れては、登り切り、と、している間に、17年が経ちました。

昨夜、たかしの母子手帳を取り出して見ていたのですが、とにかく不安と、心配と、けど喜びの言葉がいっぱい綴られていました。

そら、初めてのことばっかりやもんなあ。

年はとってても「かあちゃん」になって、まだ間もない頃のことやもん。

ひときわ大きな文字で「産まれてきてくれてありがとう。たかしがお腹の中にいることは、いっぱい蹴ってくれて、よくよく知っていたけれど、こうしてちゃんと会えたことが何よりも嬉しいです」と書いていました。

毎年、思います。

ほんまに、産まれてきてくれて、ありがとう。

私は「たかしを産むために産れてきた」とも思います。

こうして、命が脈々と繋がっていくんですね。

弟も、父も、母も、きっとたかしのことを見守っていると信じています。

そして「かあちゃん」として、17年、育ててくれてありがとう。

ちょっとのことでは動じなくなる精神力を、たかしに鍛えていただきました。

「なんか、誕生日やさかいに、食べたいもん、ある?」
「いつもの、かあちゃんの、野菜炒め」
「誕生日くらい、なんか違うもんにしような」
「オレは、いつもと同じように過ごして、17才になったんやなぁと、しみじみしたいねん」
「ほんまに何もいらんの? カステラとか、おまんじゅうとか」
「特別なことはせんでええねん。いつもの通りに、かあちゃんにしか作れへん、オレの大好きな野菜炒めが、食べたいねん」
「ふ〜ん」
「いつもと同じように、今日がやって来たことが、嬉しいねん」
「まぁなぁ・・・」
「かあちゃんは、入院してないし、オレは、まあまあ元気でバイトも続けられてるし」
「ふ〜ん」
「いろいろあったけど、無事、我が家で17才になれたことが、嬉しいだけやねん」
「なるほどなぁ・・・」
「それに、なんかおまんじゅうとか、カステラていうても、オレの稼いだバイト代から買うんやろ」
「そら、そんなことはあらへんけど」
「いつも通りでええねん」

急に、言うことが変わったので、私も驚きつつ、たかしの言葉を聞いていました。

「親離れ」にむけて、着々と進んでいるようです。

それに引き換え、私は・・・まだまだ「子離れ」できそうにありません。









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by marurin373 | 2017-07-26 04:45 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(0)

いたしかたなく

「かあちゃん、」
「ん?」
「なんで、台所にメガネが置いてあるん?」
「あぁ・・・」
「なんでなん?」
「あのな、例えばスパゲッティを何分茹でたらええんか、とか、何ccとか、作り方とか、何分チンしたらええんかとか、とにかく、細かい字が、もう見えへんさかいに、古うなったメガネ、置いてるねん」
「大変やな」
「そやねん、千切りとかする時は、メガネないと切れへんねん」
「あーあ、年はとりたーないなぁー」


先日、子宮を全摘した術後の検診に、いつもの総合病院に行ってきました。

手術をした病院は、4月から産婦人科がなくなったのです。

なので、私は自分でこのブログに書き留めていた手術の方法をプリントアウトして、いつもの病院で引き続き診てもらうようにお願いしました。

それと、誰もが通る「更年期障害」が、やってきたようなのです。

いくら、クーラーのよく効いた涼しい部屋にいても、急にぐわーっと滝のような汗をかいて、暫くしたら、すっとひくのです。

で、婦人科の先生に「えー・・・汗が・・・」と言うと、血液検査をしましょう、ということになり、1週間後に、また受診しました。

「検査の数値で言うと、閉経です」と、はっきり言われました。

本当は不安定な時期らしいのですが、私には、もう子宮もないので、心配することもありません。

頭の中で「閉経です」という言葉がぐるぐるして「女性引退」という結論に至りました。

かあちゃんは、もう「おんなのひと」とは、ハッキリ言えなくなってしまったのだよ。

とにかく、汗がひどいので、2日に1度貼り替える「エストラーナテープ」というものを処方してもらいました。

取り敢えず、このテープを貼って、様子を見てみます。

あーあ、年はとりたーないなぁー。









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by marurin373 | 2017-07-23 21:42 | 今日の出来事 | Trackback | Comments(0)

弟が「お姉ちゃん、お姉ちゃん、いつまで寝てるねん」と、いつもの鼻声で、私を起こしました。

それで起きたのですが、今は2017年の7月9日になったばかりの深夜。

たかしが私のベットの下で寝ています。

弟の声を、確かに聞いたのに、あれは「夢」やったんか・・・。

そう思うと、堰を切ったように、涙が溢れてきて、泣いて泣いて止まらなくなりました。

寝ていたのに、たかしも「どうしたんや?」と起きてきて、私が泣きながら「お姉ちゃん、て、呼ぶから、起きたのに、いてへんかった」と言うと、眠たいのと、毎年のことなので、たかしも、だんだんとそんな私に嫌気がさしてきたようで。

「もうな、そんなに毎年毎年泣いてたらな、天国で、困ってはるからな、もう、そろそろ乗り越えなあかんのちゃうか?」と、たかしが言いました。

「乗り越えられるて、思うか?」
「生きたはった時よりも、亡くならはってからのほうが、もう長いんちゃうのん」
「ちがう! 26年、生きてはって、亡くなってから、20年やもん!」
「もうな、乗り越えな、仕方ないんちゃうのん」

ここで、私は、決してたかしに言ってはいけないことを言ってしまいました。

「そやかて、たかしは、一人っ子やん。兄弟無くす、悲しみはわからへんやん」と。

たかしは「そやな、確かに、オレは一人っ子やしな、あんたの悲しみはわからへんわな」と言って、あっちに行ってしまいました。

今の私の言葉は、決して言ってはいけないことです。

私が、たかし以外の子供を産まなかったんやから。

「親」が「子供」に対して、言うべき言葉ではありませんでした。

でも、簡単に「乗り越えな、仕方ないんちゃうのん」と言うので、つい、口から出てしまいました。

私は、弟を、あんなかたちで亡くした悲しみを、分かち合う家族も、もういません。

父も、母も、もうとっくに、あっちに逝っています。

独りで、堪え、耐え偲んで、泣き、やり過ごすしかない、淋しさもあります。

7月1日の、弟の祥月命日の日に書いたブログは、今読むと、ウソばっかりです。

「そういう風に思うことにしよう」という、内容です。

そして、たかしが望んでいることを、書いただけでした。

弟が亡くなったことと、たかしがいてることは、決して「同じ」になることは、ないのでした。

ただ、毎年、私が号泣する姿を見て、たかしが困り果て、どうしたらいいのかわからない、という姿を見てきているので、私は「姉として」よりも「母として」の立場で、書いたものでした。

けど、やはりそんな簡単に、すっきりとできる訳もなくて。

ちゃんと泣いてなかったから、ずっとずっと、ツラい気持ちが心の中で暴れていて、抑えるのに必死でした。

私は、深夜に号泣し、たかしにひどいことを言い、でも「かあちゃんも、落ち着いたら、ちゃんと寝ぇな」と声をかけてくれて、たかしは寝てしまったようです。

たかしにしたら「乗り越えんと、仕方が無い」と言うしか、なかったのだと思います。

毎年、泣いてる母親にかける言葉など、16才の男の子に思いつく筈もありません。

それでも、たかしなりに、私の為に、考えて言ってくれた言葉やったんやと思います。

その言葉に、逆らうような態度をとってしまい、言ってはいけないことまで言って。

「姉」としても「母」としても、失格です。

悲しい時には、ちゃんと、でもこっそりと、泣かないと、こじれてしまうということがわかりました。

朝になって、たかしが起きてきたら、ちゃんと謝ろうと思います。

それまで、私も、少し寝ることにします。

「ええかっこしい」な内容のブログは、後でしっぺ返しをくらうということも、身を以て知りました。

今は、いろいろな思い出や、弟の声や、顔や、歌っている声、話し合っていた言葉、初めて赤ちゃんの弟を見た時のことやなんかと、それと、たかしがお腹にいてる時のことや、赤ちゃんの時のこと、そして悲しい思いをさせてしまっていたことやなんかが、頭の中をぐるぐるしていて、文章もきちんと書けていません。

頭の中を整理して、ちょっとでも落ち着く為に、そして、本音のブログを残す為に、ただ心のうちを文字にしています。

後で読んだら、また変な内容になっているかもしれません。

素直に「悲しくて仕方が無い」という自分も、認めないとダメですね。

それと、たかしは私の「息子」であって、決して私から甘えてはいけないということも、肝に命じました。

たかし、ごめんなさい。

かあちゃんは、言い過ぎました。

・・・練習です。

そろそろ、寝ます。






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by marurin373 | 2017-07-09 03:07 | 今日の出来事 | Trackback | Comments(0)

20年

今日は、弟の祥月命日です。

今年で、20年。

弟が遺したバンドのカセットを、CDにおこしてもらい、それをMacに取り込んで、最近、ずっと、それを聴いていました。

書類を探さないといけなくて、いろいろと探していたら、小さなアルバムが出てきました。

それをぱらぱらと見ていたのですが、その中で「あれ? 私、たかしとツーショットの写真なんて、撮ったっけ」と思い、よく見ると、たかしではなく、弟でした。

今のたかしくらいの年齢の弟が、そこに私と写っていて、かなり驚きました。

立ってる佇まい、醸し出す雰囲気。

よく見ると、顔は違うのに、あ、鼻と口はよく似ていますが、髪質や、顔色が、あまりにも似ていることに、驚きました。

いなくなって、20年が経ち、今日の私の心境が、少し変わっていることに気が付きました。

弟の26年間の思い出は、とてもとても大事。

私の宝物です。

けれど、これから本当に大事なのは「たかしのこれから」です。

あと9年で、たかしは弟と同い年になり、やがて越えていきます。

「姉として」の役目よりも「母として」の役目の方が大事です。

そう思うと、なんとなく、心が軽くなりました。

弟に会いたくて会いたくて、仕方が無い時があるのですが、それは、26年、お姉ちゃんをしていたから。

もっと大事なことは「母である私」です。


こう言う風に思えるようになるまで、20年、かかりました。

毎年、この日は、たかしにも、つらい思いをさせていました。

泣いて泣いて、苦しんでいました。

その度に、たかしが、私を慰めてくれていました。

そうや。

私には、たかしがいてる。

何故、こんな大事な、大切なことに、気が付かなかったのでしょうか?

悲しみのあまり、母であることを忘れていたのかも知れません。

弟の歌声を聴きながら「たかしのこれから」について、考えていました。


やっと、「呪縛」から、解き放たれたような、そんな気分です。

弟も、喜んでいるかもしれません。

「お姉ちゃん」だったことには、変わりはありませんが、同時に、私は「母親」。

「たかしのこれから」を、1人ではなく、本人のたかしと、学校の先生と、お医者さんと、相談しながら、考えていきます。

で、弟には、見守ってもらうことにします。


いっつも、ありがとさん。

これからも、よろしゅうに。

ちゃんと、叔父さんとして、たかしを守ってや。









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by marurin373 | 2017-07-01 21:50 | 今日の出来事 | Trackback | Comments(0)

たかしが、アルバイトを始めました。

前から「高校生になったら、あそこで働きたい」と言っていましたが、病気を患っていることがわかり、たかしも私も諦めていました。

しかし、今回、私がこんなことになってしまい、たかしが私のかかっているお医者さんに「母が、今、一番悩んでいることは何ですか?」と訊いたら、先生が「あなたの学費のことです」と言われたので、たかしが意を決して働くことを決めたらしいのです。

理由を本人に告げるお医者さんも、ちょっと残酷やなぁと思うけれど、その一言で、たかしは諦めていたことを現実のものにするように、背中を押されたかたちになったのは、果たしていいことなのか、無理をさせてしまっているのか。

取り敢えず、週に1日、13時から16時まで、トレーニング期間を経て、実際に働くことができるかどうか、店長さんが判断しはるらしいのですが・・・。

たかしに課せられた課題は、ひとつ。

「声を張って」というものです。

初めて働く時、なかなか大きな声で「いらっしゃいませ」とは言えないものです。

特に、たかしは小さな声で、ぼそぼそと話すので、陽気に明るく元気に「いらっしゃいませ」と言うことは、本当に難しいと思います。

けど、それができるようになったら、たかしも明るく、積極的な性格になるかもしれません。

私が、たかしに「立ったままとか、品出しとか、どうもないか?」と心配のあまり言ってしまいましたが、たかしは「そんなこと、言うてる場合やない」と、きっぱりと言っていました。

初めての日は、緊張したり、初めてのことばかりで、時間がすぐに過ぎたと言っていましたが、これから、続けることを目標として、オレは頑張ると勇ましいことを言っていました。

けど、本当は、心身共に疲れていて、晩ご飯も食べずに、寝てしまいました。

私は、たかしに何もすることができませんが、一番難しい「見守る」をすることにします。










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by marurin373 | 2017-05-28 03:17 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(0)

ことの始まりは、こうでした。

私が、病院の待ち時間の時に、己の「手の甲」を、しみじみと眺めていて、なんともその年寄り臭い、ごつごつして、色艶の悪いのが、ほんまにイヤやなぁ、と、思っていました。

病院の帰りにたまたま寄ったドラッグストアが、全商品5%オフの日だったので、いろいろと見て回っていたのですが、ふと、ネイルケアの棚に目がいきました。

私の爪は、形も悪く、深爪で、色も悪い。

なので、高価なものではなく「ちふれ」のマニュキアの中で、一番ベースとなるような「肌色」のものを選び、ついでに除光液も買って、家に帰ってから、早速爪にマニキュアを塗っていました。

たかしが「プラモデルを作ってる匂いがする」と言って、私のところに来て「あんた、何してんの?」と言われました。

「いやな、かあちゃんて、爪の色も悪いさかいにな、マニュキアでも塗ろかなぁと思てな」
「ふ〜ん」
「こんなん、滅多にせーへんさかいに、うまいことできひんわ」
と、私が言うと、たかしが「右の手の爪、塗ったろか?」と言うてくれました。

「きれーいに、根元から先に向かって、まんべんのう塗ってや」
「頑張ってるがな」

たかしは、元来丁寧な仕事をするし、マメなので、思っていたよりも、きれいに塗ってくれました。

「ありがとうさん。あんたさん、きれいに塗れるんやなぁ」
と、私が言うと。

「オレにも貸して」

?

「・・・塗るん?」
「うん」

たかしの指は、亡父にそっくりで、しゅっとしてて、爪の形もきれいです。

亡父は、若い頃、そのあまりにも綺麗な指と爪の持ち主だったので、よく会社で女子社員に真っ赤なマニュキアを塗られていたそうです。

それ程までに、きれいな爪の形と指をしていたのですが、私ではなく、亡弟と、たかしが受け継ぎました。

たかしは、丁寧に、真剣に肌色のマニュキアを塗り出しました。

「かあちゃん、」
「何?」
「ちょっと失敗したし、取るのん貸して」
「ほい」
「ありがと」

ティッシュに染み込ませ、きれいに拭き取り、そしてまた塗り出したのです。

「かあちゃん、」
「何?」
「左手はきれいに塗れるんやけど、やっぱり利き手やない方がうまいこと塗れへんし、ちょっと塗って」


そういえば、たかしがまだ中学生の頃。

髪の毛を切りに出掛けるのも嫌がっていた為、横も後ろも、そして前髪も、思う存分伸び放題でした。

いつも私がゴムで髪の毛をくくったりしていましたが、じゃまくさいので、100円均一のお店で「カチューシャ」を買い、たかしはその「カチューシャ」を気に入って、毎日装備していました。

その時も、こんな気持ちになりました。

「私が産んだのは、男の子やんな?」

まぁ、私も、角刈りにして、しかも金髪にしたりするので、我が家は「ユニセックス」な家風ということで、たかしのことも暖かく見守っていきたいと思います。

今では、私よりもたかしの方が、爪のお手入れに熱心です。

爪切りなど使わず、爪やすりで、きれいにしてはります。


・・・このままでも、ええんやろか?

とか、思わないでもないですが、まぁ、面白い面もあるので、暫く飽きるまで、放っておくことにしました。

髪の毛も、短いよりも、長くしたいということも、先日初めて知ったし。

私が「おっさん」みたいやから、反動で、こんなになるんかなぁ。






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by marurin373 | 2017-04-26 00:16 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(0)

その夜も、たかしに何時間も感情をぶつけられました。

そして、友人(私だけがそう思っているだけかもわかりませんが)からも、厳しい内容のラインがおくられてきました。

その後で、何度も考えに考えて、私の亡母が「毒親」ならば、私も立派な「毒親」だと、気付きました。

生命保険も、ある。

学費保険も、ある。

私も、たかしには、もう目一杯のところしか話していません。
私なりの判断で、たかしには隠しています。

「そや、私がいない方が、たかしにとってええんや」と思い立ち、持っている限りの薬を飲みました。

途中でたかしに
「自殺しよなんて、思ってるんちゃうやろな」と、言われたので、
「もう、行きていく自信がない」と答えると、
「あのな、オレは、一度も、かあちゃんのことを毒親なんか、一度も言うてない。
むしろ、優しかったり、明るい母ちゃんが、大好きやねん。
他人のLINEと、オレの言うことと、どっちを信じるんや?
かあちゃんは、普通の人生なんて送ってないと思てるやろけど、自分のことを毒親なんて思わんと、とにかく、生き続けて、オレに一生償え」と、言われました。

仕事の後で、いつもの精神科にいくと、
「もう、滅多に経験しないことのようなことを経験してるしなぁ。怒る人やら、一緒に悲しむ人やら、いろいろいてるしな。ま、飲んだ薬は、睡眠導入剤やし、あれをいくら飲んでも、どうもないしな。しかし、息子さんも、いろいろ言うようになったなぁ。傷つくこともあるやろうけど、あんまり負荷をかけないで、深呼吸して、私は毒親やないていう気持ちを念頭において、またおいで」と、言われました。

「うつ病」と診断されてから、もう25年以上が経っています。

それが原因で、たかしに迷惑をかけないように、仕方なく生きていくことにしました。








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by marurin373 | 2017-04-08 11:56 | 今日の出来事 | Comments(0)

ヘルパーさんが来てくれはる火曜日なんですが、どうも雨ばっかりで。

雨までとは言えへんけど、小雨?の時とか。

どんよりとしたお天気ばかりです。

しかし、今日の火曜日は、見事な晴天!でした。

で、お布団やら、スヌーピーちゃんやら、どっさりと庭に干してもらいました。

たかしの枕も・・・と思い「?」となり、くんくんと匂いを嗅いでみたら、これはまさしく「お父さんの匂い」やん!

はぁ・・・。

ミルクの匂いがしていた、たかし。

土の匂いがしていた、たかし。

暫くは無臭かと思いきや、もう立派に「お父さんの匂い」をさせたはります。

なんかもう、ショックでした。

独り、取り残されたみたいで。

解散はするし、悪者扱いされるし、親離れするし、なんかもう淋しいです。

あ、私は、白髪が随分増加しました。

なので、許される職場なので、仕事中も帽子被ってます。

早よ散髪行きたいなぁ・・・けど、新年度の支払いのほうが先やさかいになぁ・・・。

確かに「お父さんの匂い」は、懐かしいけどなぁ・・・。

17才で、もう新陳代謝が活発やのに、しんどいとか疲れるとか眠いとかで、毎日お風呂に入らへんさかいに、そんな匂いさせてるんやろか?

ま、2年生も、頑張ってください。









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by marurin373 | 2017-04-04 22:03 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(0)

55

今日は、父の祥月命日です。

1998年に、亡くなりました。

弟が自死してから、半年後です。

父は「ワシがいる時に、2階であいつが死んだんちゃうかって思うと、家にいてられへんのや」と言い、そして朝から晩まで、ずっとお酒を呑み、緊急入院をして、1週間で、還らぬ人となりました。

後、4年経つと、私も父と同じ年になります。

そう思うと、本当に早く逝ってしまったと、思います。

入院中、父が私に言ったこと。

「パチンコは、もう絶対にするな。それと、高速には乗るな。お前は、絶対に合流ができひんからな」と言い、笑っていました。

私は、それからは、父が教えてくれたパチンコも辞め、そして車の運転をする時も、いくら遠くても、下の道を通るようにしています。

「お前は、あんな母親が育てたんやから、ワシがちゃんと嫁入りの準備は教えたるさかい、安心しろ」とも言っていました。

そして、亡くなる日の昼間、人工透析をしながら、院長先生に「ワシの夢は、孫抱くことですねん」と笑顔で言っていたそうです。


そして、その2年後に、私はたかしを産みました。

陣痛促進剤で、波のない陣痛に苦しんでいる時、私は父を「見ました」。

亡父が、看護師さんや母や、元オットが立っている後ろに、亡父が、立っていたのです。

私は「お父さん」と、呼びたかったのですが、あまりにも陣痛が辛くて、声を出すことができませんでした。

その亡父を見た途端、いろんな心配や恐怖が吹っ飛び「私はお父さんに守ってもろてるんや」と思い、元気で大きなたかしを産むことができたのです。


お父さん、ありがとう。












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by marurin373 | 2017-02-19 22:55 | 今日の出来事 | Trackback | Comments(2)