「ほっ」と。キャンペーン

タグ:思ったこと ( 427 ) タグの人気記事

自己防衛

昨晩、たかしに訊いてみました。

「なぁ、ばぁばの祥月命日て、いつやったっけ?」
「2月の8日! つまり、昨日! あんたは、実の母親の命日もわからへんのかいな」
「いやな、8日か、9日か、曖昧やねん」
「ま、いろいろあったし、仕方ないやろけど、その日は、YMCAの雪あそびキャンプの日が、お葬式やったし、オレは、覚えてる」
「そやったなぁ・・・」
「お葬式がすんでから、かあちゃんに、雪あそびキャンプて、いつ?て訊いたら、今日やったんやって、オレに言うたやん」
「・・・そやったなぁ・・・」
「だーれも、謝らへんし!」
「そんなん、死なはったばぁばに言いよし」
「そういうと、思てた」
「わかってるんやったら、訊かんときぃな。しゃーないもん」
「ま、ばぁばも、オレの雪あそびキャンプに行かさんとこうて思て、死んだんちゃうやろし」

忘れてて、正解でした。

また、なだらかになった心が、トゲトゲしそうやったし。

取り敢えず「まんまんさん、あん」して、父も祥月命日が今月なので、一緒くたにして、またお墓詣りに帰洛します。









[PR]
by marurin373 | 2017-02-10 21:31 | 今日の出来事 | Trackback | Comments(0)

齢五十にして。

悲しくて、切なくて、苦しくて、どうにもこうにも、なんともならない。

素直に泣けばいいのに、こんな時に限って、涙の「な」の字も出ない。

それが、余計に苦しくさせていることはわかってる。


・・・。

とかなんとか、たかしに訊いてみました。

「悔しくて、時間を巻き戻したくて、でも、もうどうにもならへんさかいに、泣きそうなんやけど、なんかが詰まってて泣けへん時って、どうしたらええんやろ?」

「そんな時は、食うて、寝る」

流石、16才にして様々なことを経験なさっているだけのことはあります。

「食うて、寝る」か・・・。

何かが、喉の奥に詰まってて、夜も眠れへんのやけど。

「それでも、食うて、寝る」

・・・はい。

「アイスでも、チョコでも、とにかく、なんでもええねん。食べられるもんを、食うて、寝たら、すっきりするんとちがうの?」

・・・やってみます、たかし先生。

それでもダメな時は、甘えてもいいですか?

「それは、できひんな」

・・・厳しくて、優しい、たかし先生です。












[PR]
by marurin373 | 2017-02-03 23:43 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(0)

ロス

この1年は、とても辛い1年でした。

いろんな報道に振り回され、本人たちから何も語られることなく、2016年は終わります。


それと、毎週YouTubeで2話づつ配信されていた「仮面ライダー龍騎」が、30日に終わりました。

たかしにネタバレされていたのに、やっぱり泣いてしまいました。

「毎週楽しみにしていたもの」がなくなり、いろんな「ロス」に陥っています。

来週からは「555」が配信されるので、ま、そっちはいいのですが。


「ブルーマンデー」の夜の重い気持ちを吹き飛ばしてくれる、あの番組も終わりました。

どこか信じられずにいて、けどやっぱり元の鞘に収まるんちゃうのん?なんて、自分をごまかしていましたが、やっぱり、最終回がやってきました。

来年は、どうなるのか、全くわかりません。

取り敢えず、金曜の夜のラジオを楽しみに聴いて、なんとか自分をごまかしたいと思います。









[PR]
by marurin373 | 2016-12-31 00:41 | 今日の出来事 | Trackback | Comments(0)

2016年、10月13日で「和解」というかたちではありましたが、私が1年半かけて、やっと「離婚」が成立して、ちょうど10年経った日でした。

別居して、調停して、裁判して・・・と、実に1年半かかってしまいました。

元オットは、何故そんなにまで執着して「離婚」したくなかったのか、今ならなんとなくわかります。

「自分よりも弱い立場の者を失いたくなかった」のではないかと思います。

たかしが産まれて、一番大変な時は、全て私任せ。

私は元々慢性腎炎で、ひどい「妊娠中毒症」になり、腎臓を少しでも治す為に、薬を飲まなければならず、母乳をあげることは禁止されました。

なので、たかしは「ずっとミルク、紙おむつ」で育てることになりました。

元オットは、たかしの「うんちの処理」も、できない人でした。

もちろん、3時間置きのミルクなんて、以ての外。

一度だけ、私が38℃程の熱を出し、本当に「仕方なく」仕事を休み、たかしの面倒を見ないといけない日がありました。

今でも忘れませんが、たかしが、3時間程経ったので、泣き出しました。

私は、うつうつとしながらも「あ、ミルクの時間やな」と起きましたが、たかしに風邪をうつしてはいけないし、でも気になるし・・・と思って、元オットがミルクを作るのを待っていましたが、一向にその気配はありません。

たかしは、まだ泣いています。

堪りかねて、元オットに「なんでミルク、あげへんの?」と訊くと、元オットは寝ぼけた顔で「起きたらまず、タバコやろが!」と叫んでいたのを鮮明に覚えています。

あの日から「たかしは私1人で育てていかなあかんのやな」と、決意しました。

そろそろ首や腰が座り出し、少しづつ話し出して「面白く」なってきた頃から、元オットは、まるで「新しいオモチャ」を手に入れたかの如く、面白がっていました。

突然、大声で「たかし!」と、怒鳴り、たかしが怯えて振り向く、その顔を見ては、げらげらと笑う、ということを幾度となく繰り返していました。

だから、今でも「大人の男の人の大声」は、たかしにとっては「恐い」対象となり、トラウマになっています。

今でも、その名残があるのですが、たかしは「大人の顔色を見る子供」でした。

たかしが剣道を続けることができなかったのも「大人の男の先生」が、大声で気合いを入れて試合をしはる姿を見て「なんで、怒ったはんの?」と怯えて、いくら私が「怒ってはるんとちゃうえ」と言い聞かせても、やはり「やっぱり、恐い」と言って、辞めてしまいました。

そんな出来事がいろいろと続き、私が足の手術で入院している間にも、実に様々なことがあったようなのですが、口止めされているらしく、たかしは決して私には何も話しませんでした。

しかし、別居して「もう、とうちゃんと離れてのんびり暮らしていけるのだ」ということを理解した頃に、ポツポツと、私に「こんなことがあった」とか「あんなことがあって、イヤやった」と、話し出しました。

「児童虐待」です。


私が庇うと、余計に、たかしに辛くあたるので、庇うこともできず、私は「このままやったら、たかしは殺される」とまで思うことが何度もありました。

私のことは「足の悪いお手伝いさん」と呼び、障害者基礎年金が支払わられるとの決定通知書が届くと、あっさり仕事も辞めてしまいました。

元オットからは「自分で障害者になったんだから、俺は何にも手伝いたくない」と、きっぱりと言われ、そこには理解や援助が全くないということがわかり、たかしに対する態度も含めて、別居を決意しました。


始めは、どうせすぐ戻ってくるだろうなどと思っていたようですが、私の怒りはただならぬものがあったので、たかしを護る為にも、決して「元のサヤに収まる」などとは思いませんでした。


何故「和解」ということになったのかというと、裁判官曰く「このまま裁判を続け、慰謝料などの取り決めなどをし、裁判を長引かせることは、原告の身体の為にも、精神的なものの為にも良くないと思われるので、和解離婚とする」というものでした。

私は、たかしが22才になるまで、月に2万円の養育費を被告が支払うということが決まっただけでも、有り難く、本当に1日でも早く離婚したかったので、この判決に異論はありませんでした。


そして、たかしの人生に於ける成長の中で、最も辛く、しんどい思春期や、いじめや、登校拒否や、そして病気、高校への進路など、全て私1人が受け止めなければならず、たまには私も夜中に泣いたこともありましたが、なんとか10年という歳月が、知らぬ間に過ぎていたのです。


たかしに「あのな、今日でな、とうちゃんとかあちゃんが離婚して、ちょうど10年やねん」と言うと、たかしは、白けた顔をして「あんな人、別にいらんわ」とだけ言い、隣の部屋に行ってしまいました。

私は、もしたかしが「とうちゃんに会いたい」と言い出せば、勿論会うことに異論はありませんが、たかしは「オレ、本当に、真剣に、ああ、この人には死んでほしいて思たん、とうちゃんだけやわ」と言います。

「どうせ、いろんなとこから借金してるんやろし、相続放棄だけは、かあちゃん、頼むで」とまで言います。


元オットは、来年で60才。

きちんと働いているのなら、定年退職です。

もう、養育費も一度も支払ったこともないんやし、九州に帰って、ママと2人で暮らせばいいのに、と、私は思っています。


けど「結婚」は、して良かったと、後悔はしていません。

たかしという、宝物を授かることができたから。

ただ、私の「男を見る目」が腐ってただけやと、思っています。


・・・ほんまに、いろんなことを経験する人生です。

って、自分で言うのも、なんやけど。




















[PR]
by marurin373 | 2016-10-15 01:24 | 今日の出来事 | Trackback | Comments(0)

寝顔

私は、たかしの「寝顔」を見るのが、大好きです。

ほっんとーに、小さい時のまんま。

起きてる時は、偉そうで、私の言うことは全く聞かなくて、なんか喋ったと思ったら「腹減った」と「お小遣い、いつくれる?」です。

でも、寝ている時のたかしは、保育園の頃と全然変わってなくて、16才になったばかりでなんなんですが、かわいいまんまなのです。

そのかわいい寝顔を眺めつつ、いろんなことを思い出したりしています。

どうか、たかしの病気が治りますように。

どうか、単位を落として留年しませんように。

どうか、これ以上たかしが苦しむことのありませんように。

そして、ちゃんと私の言うことも少しは聞きますように。

すやすやと、スヌーピーを抱いて眠るたかし。

次、起きてきた時は、絶対に「腹減った」と言って、起きてくると思います。
[PR]
by marurin373 | 2016-07-30 19:54 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(0)

望んではいないけれども

たかしの誕生日に、毎年思うことがあります。

元オットは、どう思っているのか、と。

調停をしている時から、元オットは、たかしには全く何もせず、ここまできました。

誕生日だけではなく、小学校に入学した時や、中学を卒業した時、そして高校に入学した時、など。

もう、たかしが何才かなんて、わかってないのかもしれませんが、たかしは2000年生まれなので、すぐに年齢はわかります。

でも「誕生日」がいつなのか、忘れているのでしょう。

「自分の子供」という感覚が、もうないのかもしれません。

だから、余計にたかしがかわいそうに思えるのです。

祖父、祖母、叔父なども、いません。

敢えて話題にも出ませんが、一体、たかしはどう思っているのでしょう。

先日は、小さな声で「もう死んだらええのに」と、呟いていました。

たかしも私も、何も望んではいませんが、非情な父親やなぁと、私は思っています。
[PR]
by marurin373 | 2016-07-27 00:55 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(0)

今年も

やっと、2日になりました。

毎年、7月1日は、私がダメダメになる日。

たかしは9時頃に寝てしまったので、私はお風呂にゆーっくりと入り、何故か「くそっくそっ」と言いつつ、お風呂掃除もしました。

私ができることは限られているので、お風呂の中の椅子に座って、洗えるものは全て洗いました。

せっかく頭も身体も洗ったのに、また汗をかいたので、シャワー浴。

2時間はお風呂場にいてました。

流石に、のぼせてしまいました。

お1日を過ぎれば、次はたかしの誕生日に向けて、いろいろと策を練る日々がやってきます。

あんたさんの甥っ子、しっかり守ってや。
いや、ほんまに。
[PR]
by marurin373 | 2016-07-02 00:37 | 今日の出来事 | Trackback | Comments(0)

SNS

日常の、ほんのひとかけらを写真に撮って、投稿。

でも、他の人たちには、それが「ほんのひとかけら」だとは思わずに「日常全部」と受け取られてしまうようです。

「見えない部分」まで、あたかも「見える」部分のようにしていると、思われてしまう。

とっても、恐いことです。

確かに、誕生日や、たかしが中学を卒業したり、高校に合格して「おめでとうコメント」をもらうと、嬉しいものです。

が、しかし。



こんなことを、たかしに言うてたら
「そらな、見えへんことまで、そうやろうと思う人もたくさんいてはると思うよ。でもな、それを承知でやってるんちゃうの?」
と、言われました。

「中途半端に投稿するから、誤解されるねん。いくら、20年前の服着てても、かあちゃんは選ぶもんが、いちいち派手やから、そら節約してますていうても、信じてもらえへんわ。その指輪、ピアス、髪型、メガネ、帽子、それに服。そら派手な生活してるて思われても、しゃーないわ」

・・・たかしの言う通りです。

「しかも、かあちゃん、タバコ吸うやろ?いくらお酒止めたていうても、タバコ吸うてるやんて突っ込まれたら、何も言えへんな」

・・・痛いとこ突いてくる、たかし。

「せめて、タバコくらいは、吸わせてーな。本数も、かなり減らしてるし」
「ま、わかるけど、それ言われた時の言い訳でも考えとき」

あんたは、世帯主さんですか?

「誤解してる人に、ひとりひとりに生活の実態、メッセージでも送ったら?」
「そんなん、大変やん」
「ちゃんとして、生活してますって、言いたいんやろ?」
「うん」
「ほら、やっぱり、説明せなあかんわ」
「・・・かあちゃん、もうインスタもFacebookも、辞める」
「そんなことしたら、余計に心配してくれたはる人らに、心配かけるだけやで」
「そうやなぁ・・・仕事でも使こてるしなぁ」
「もう、投稿せーへんかったらええねん」
「ん、そうする」


SNSは、恐い。
やっと、気付くことができました。

そうやん。
私には、このブログがあるんやし。
ここに書いていったらええんやん。

と、いうことで、もうインスタもFacebookにも、投稿はしません。
[PR]
by marurin373 | 2016-05-11 12:13 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(2)

校長室

10日、たかしが、無事、中学校を卒業しました。

たかしは、持病の為、午前中は、5分以上立ってること、立ったり座ったりを繰り返すことなどが禁止されていて、めまいがしたり、ひどい時には失神するので、全校生徒の集まる卒業式に参加することができませんでした。

私も諦めて、せめて最後の詰め襟姿を庭で写真を撮っておこうと思っていたら、前の日の夕方に、担任の先生がウチに来られて「明日、2時から卒業式をするので、お母さんも来て下さい」と言いに来てくれはりました。

私もたかしも驚いたのですが、もう一人、午後から参加する生徒さんがいらっしゃるとのことで、2人してお昼ご飯を食べてから、そわそわしていました。

1時半くらいに、担任の先生から電話があり「今日、来れますか?」と確認の電話がありました。

「もちろん、寄せていただきますので、よろしくお願いいたします」と答え、私もジャケットにチェックのパンツの、割とラフな格好で用意をしていました。

たかしは「なんかお腹痛い」と、何度もトイレに行っています。

珍しく「痛み止め、ちょうだい」と言うので、胃腸薬を飲ませて、学校に行きました。


門には、まだ「卒業証書授与式」の看板が出ています。

先生は、もう片付けたって言うたはって、仕方ないなぁと思っていたのに・・・と思いつつ、職員室に。

たかしに、先生が「名札を外して、これ付けて」と、花のブローチを渡してくれはりました。


そして、私とたかしは、校長室に通されました。

もうひとりの生徒さんは、卒業式にギリギリで間に合ったそうでした。


椅子が2つ並べてあって、たかしと私が座るようにと促されました。

見ると、もう卒業式は何時間も前に終わっているのにもかかわらず、どの先生も正装のまんま、胸には花のブローチを付けたはります。

私達2人を囲むように、すべての先生方が立っていらっしゃいます。

そして、教頭先生が
「第67回卒業証書授与式を始めます」とおっしゃいました。

本来ならば、立って礼をしなければいけないのですが、先生方が「座ったままでいいよ」とおっしゃって、私達は座ったまま、たかしだけの「卒業式」を迎えました。

そして、校長先生が、たかしに卒業証書を渡してくださり、たかしだけにお言葉をいただきました。

「君は、他の生徒達とは、全く違う、3年間を過ごしてきました。でも、無駄な時間は、一秒もなかったと信じています。思うこと、考えること、そのすべてが、きっと、君を立派な大人にしてくれることと、私は信じています」と。

私は、もう、ずっと泣きっぱなしです。

思春期と、病気と、共に戦って、漸くこの日を迎えることができました。

病気だとわからなかった頃は、ずいぶんひどいことも言いました。

でも、本当に、よくここまで大きく育ってくれました。

誰にも頼れず、私1人で悩んでいたこともたくさんあります。

相談に乗っていただいても、なんか違うと感じたり、正直にお金がなかったり、たかしは病気で修学旅行にも行けませんでした。

でも、他の生徒さん達が思わなかったこと、自分の病気のことや将来への不安、そしてたった1人の親である私が障害者であるということ、身寄りもないこと、その様々なことに対して、思春期のたかしは、何かを感じ、何かを考えていたと思います。

そして、校歌。

クラスの生徒さん達が「一緒に歌えるように」と、テープに録音しておいてくれはったのです。

「たかしくんも、一緒に歌ってください!」という、生徒さんの言葉の後で、生徒さんもテープで、校長室にいらっしゃる先生方も、大きな声で校歌を歌ってくださいました。

私は、もう恥ずかしいくらいに泣いていました。

そのあと、担任の先生が
「私のクラスで、自分の将来を考え、一番最初に進路が決まった、誇らしい生徒です」とおっしゃってくださいました。

もう、私は耐え切れず、声をあげて泣いていました。

最後に教頭先生が
「これで第67回卒業証書授与式を終わります」とおっしゃって、たかしの「卒業式」は、終わりました。

校長室の先生方が、皆さん、拍手と「おめでとう」と大きな声で、たかしを祝福してくださいました。

私は、もう立って、ぐるぐる回りながら「ありがとうございました、ありがとうございました」と、お礼を述べていました。

2年生の時の担任の先生が、たかしを呼び止めて「本当に、おめでとう」とおっしゃってくださいました。

「正直、僕はなんの力にもなれなかったと反省してて、だから、たかしくんのことは、もし僕が先生を辞めたとしても、忘れないと思うよ」と言ってくださいました。

この26才の若い男の先生は、毎日家に来てくださって、たかしはしんどくて寝ていて、なんとか起きてくるのを待っている間、私といろんな話をして、反対に相談に乗ったり、私の進路で悩んだことや、先生のことも、たくさんお話した先生でした。

「絶対に、写真は撮らへん」と言っていたのに、門のところに来ると
「かあちゃん、写真、撮るんやろ?」と言い出しました。

担任の先生が、わざわざ看板を出しておいてくださったということを聞いて、たかしも考えが変わったようでした。

お腹が痛くて、変な顔をしていますが、ちゃんと写真を撮ることができました。

担任の先生に「お母さんも一緒に撮らなあきませんやん」と言われ、たかしとのツーショット写真を撮っていただきました。

「3月の31日までは、まだ本校の生徒やから、またなんかあったらいつでも言いに来てください」と言ってもらい、帰ってきました。

こんな「卒業式」は、もう絶対に忘れることはないと思います。

たかしも、きっと忘れないと思います。

卒業アルバムを2人で見てたら、ちゃんとたかしも写っていました。

そして、紅いのが3つと白いのが2つ入った紅白まんじゅうを2つづつ食べて、一息ついて、そのあとは私だけ、たかしの病院に行って、これからのことを相談に行きました。

玄関で靴を履いていたら、たかしが「これ、先生に渡しといて」と、1つ残っていた白いおまんじゅうを渡されました。

「こんなん、どこにいれるん」
「ポケット」
「つぶれるやん」

とかいうてる間に、約束の時間が迫ってきたので、急いで六甲アイランドまで行きました。

先生に「たかしが、先生に渡しといてと言って、持たされました」と、少しつぶれたおまんじゅうを渡すと、先生も涙ぐんで「いやぁ、嬉しいわぁ、大事においときたいけど・・・後で、ゆっくり、いただきます」と言うたはりました。

他の病院に移るのではなく、当分は小児科と循環器科で連携して、診ていただくことになりました。


私も少し疲れて、帰ってきて、いつも行く駅ナカの喫茶店に行ったのですが、タバコケースがないのです。

あの中には、大事な亡父の形見のライターが入っているのです。

落ち込んで家に帰り、いろいろと電話をして問い合わせましたが見つからず、その晩は眠れませんでした。

次の朝、また立ち寄ったところに電話をして、落ち込んでいたら「ありました」という電話がかかってきました。

たかしに「喜んで取りに行って、自転車で転けたりせんように、気ぃ付けて行きや〜」と言われ、住吉まで取りに行きました。

昨日は卒業式のことやら、中学生活のことやら考えてて、忘れたんやもん。

長かったような、短かったような、3年間でした。


4月からは、たかしも高校生です。

私は本当に白髪が増えました。
[PR]
by marurin373 | 2016-03-12 03:32 | 今日の出来事 | Trackback | Comments(4)

てがみ

何か探し物をしていて、引き出しを整理していた時のこと。

たかしの、私への「てがみ」が出てきました。

もう、すっかり忘れていた「てがみ」です。


ぼくの悪かったとこ

「1.かあちゃんにかまってほしいから わるいことや つめたいことを かあちゃんをこまらせた
だから おこられた
かあちゃんと遊んでいたらうれしくて やってたら負けたりして かあちゃんをがっかりさした。
この書いていることも かまってほしくて書いた。」


たかしは、漢字を使っているので、小学校の中学年くらいの時やろうか?

思うに、たぶん、この頃は離婚調停や裁判、金銭的なことも含めて、生活をしていくことに余裕がなかったのかもしれません。

しかし、たかしに、こんなに悲しい手紙を書かせてしまうなんて、母として本当に落ち込みました。

私は、いつもそうです。

たかしを守る為に頑張ると、肝腎のたかしを放ったらかしてしまいます。

今も、高校の学費の為に区役所に通ったり仕事をしたりしていて、たかしの晩ご飯が夜遅くになってしまったり。

本当にかわいそうなことをしていました。

大いに反省しきりです。

私は「1人で、かあちゃんもとうちゃんもしないといけない」と言った時、高校の時の同級生が「息子くんが、息子と旦那をしてるんちゃう?」と指摘され、ハッとしました。

しんどいのは、私だけやなかったんや。

たかしも、同じように、しんどい重荷を背負っているのかもしれへん。

私に、ただ「かまってほしい」と書かれた「てがみ」は、大事に財布に入れておいて、絶えず目に付くようにして、気を付けたいと思います。

ごめんな、たかし。
[PR]
by marurin373 | 2016-02-13 06:38 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(0)