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遺伝

私は、絵を描くのが、非常に嫌いです。

私の両親は、同じ高校の同級生でした。
その高校には「普通科」と「美術科」があり、2人は「美術科」だったので、父と母は絵を描いたりモノを創ったりするのが好きな人達でした。
当然、絵も上手かったのでしょう。才能もあったんでしょう。
父は卒業後、紳士服のデザイナーをしたり、染織家をしたり、とにかく「美術関係」の仕事をしていました。
母も服飾メーカーに勤め、寿退社をしてからも、家で手描きの仕事をしたり、洋服屋に勤めたり、今は1人でブティックをしています。

そんな両親に育てられた私ですが、本当に絵が上手くありません。
いや、描けばどうなのかわからないけれど、とにかく「何を描いても下手やな」と言われ続けて育ちました。

夏休みの宿題なんかは、まず母にダメ出しをされ、描き直して、また父にダメ出しされ、本当に泣きながら描いていました。

「絵を描く」ことは、私にとっては「トラウマ」となっています。
「絵を描く」「期待される」「上手く描けない」「失望され、非難される」の繰り返し。
2度と、絵なんか描きたくない、といつも思っていました。

何故か、たまたま上手く描けても、決してほめられることはなかったし、学校でもそんな目で見られていました。
普通に描けても「親があんな仕事してるのに」と批判され、上手く描けると「やっぱりな」とか「手伝ってもらったんやろ」などと、先生達にも言われていました。

私は、「国語」や「算数」の時間があるのは仕方がない、と思っていましたが、「図工」の時間が何故あるのかわからなかったし、「美術」の時間は苦痛でしかありませんでした。

だから、もう「絵を描く」ことがイヤでイヤでしようがなかった。
「楽しんで描く」ことなんて、1度もなかった。
自分が満足するよりも、「ヒトから見てどう思われるか」ばかり考えてしまい、結局何も描けない。ちっとも楽しくなんかない。

中学3年の時、私は「絵の才能もないし、好きな国語の勉強をしよう」と思い、普通科に行って、大学は国文科のあるところに行って・・・と計画を立てていました。

しかし、両親は自分達の母校へ行くように、と言いました。
確かに、私は小学校の時、担任の先生に「すごく天才になるか、とんでもなく不良になるか、そのどちらかになりそうです」と言われました。
ま、変わっていたんでしょうね。両親は普通科に行ったら、すぐにでも退学しかねない、と思ったんでしょう。私立の女子校なんて、とんでもない。経済的にも無理だし。

でも、私は「絵の勉強をする」なんて、絶対にイヤだ! と拒否し続けました。
その頃には、その高校は独立していて、美術だけの高校になっていましたが、公立なので、まず絵の試験があり、合格したヒトだけが公立の試験を受けられる、という制度になっていました。
「絵の下手な私が?! 落ちるのわかってて、なんで受けなあかんの?! 上手なヒトが行く高校やのに?! 私は嫌いやのに?! したい勉強があるのに?!」と、そればっかり言い続けました。

毎日、両親とケンカしていました。
でも、「絵が不合格なら、普通科を受験できる」と諦めて、表向きには両親の勧める通りにすることにしました。落ちる自信なら、ある。

でも、それからが大変でした。
「受験の為の絵の練習」を毎日何時間もしなければならなかったし、受験勉強もしないと、私の秘密の計画がダメになってしまう・・・。
とにかく、絵はいいから勉強したい私と、絵が下手なので練習させたい親と、またケンカの日々です。

でも、幸か不幸か、一次試験である「絵」で合格してしまいました。
予期していなかった私は、かなりうろたえましたが、とりあえず公立の試験の勉強をして、そして春には「美術科」の生徒となりました。

しかし、結局大学は普通の文学部に進むことになり、私の「絵」はますます中途半端となりました。理論とか歴史は知ってるけど、何にも描けない。
あの3年間は、私にとって、何やったんやろう・・・。

中3の時の計画のことを思うと、ま、80%はうまくいったことになります。
好きだった国語ではなく、どちらかというと苦手だった社会の勉強をすることになったので・・・。

さて、非常に長いながぁ〜い前置きは、ここでおしまいです。

私の息子が絵を描くと、必ず「やっぱり血やな」とか「遺伝や」とか言って、褒められるんです。
私は、「単に、息子が好きな絵を描いて、それが上手く描けただけで、決して遺伝ではない」と思うのですが、「世間」は「血筋」だと言わはります。

どこまでが遺伝で、どこからがその子の特性なんやろう・・・?

私が心配なのは、息子自身が「オレは絵を描くのが好き」と純粋に思っているのに、「血をひいてる」だの「●●に似てる」とか言われて、変に期待されて、それがプレッシャーにならないか、ということです。

今は伸び伸びとした絵を描きます。だんだんと人間は人間らしくなり、○ちゃんの耳はちゃんと三角で、尻尾もくるりと巻いています。

でも、それが「当たり前」とされて、ほめられなくなったり、逆に「この子は受け継いでへんのやな」と、私と同じ事を言われて、そのために絵がキライになったりしないか。
絵が上手く描けることが自信であったのに、「血」の一言で片付けられてしまうと、息子がすごく傷つくように思うので・・・。

息子は、弟にそっくりだそうです。
でも、産んだのは私なんやし、「かあちゃん似やな」と言われたい。
ま、弟と私はそっくりでしたから、私の「男版」なら弟、ということになるのですが、それでも息子に弟のイメージを重ねるのは、もう辞めて欲しいのです。

弟は弟!
息子は息子!
それぞれ、別の個性の持ち主です。当たり前やけど。
でも、「いっしょくた」にしてしまうヒトは、本当にたくさんいはるので、ビックリします。

・・・でも、やっぱり法事なんかで親戚で集まると、「やっぱり誰に似てるなぁ、」だの、という話題になるんですけどね・・・。

「遺伝」て、どの程度受け継がれて行くんでしょうかね。
「才能」まで遺伝するんでしょうかね。

私の母校は、本当に「一族皆同窓生」というのが、珍しくありません。
誰も、こんなトラウマを抱えることなく、楽しんで絵を描いてはるんでしょうか・・・?

ちなみに、私は息子の描いた絵を、決して「否定」しません。
頭の中のイメージが、上手く手に伝わる、というのも「発達」の段階だからです。
この世に「正しい絵」があるのかどうかわかりませんが、息子なりのイマジネーションでもって描かれた絵は、批判どころか「賞賛」に値するものばかりです。

だから、誰も息子をつぶさないでほしい・・・と、切に願います。
by marurin373 | 2005-01-11 00:47 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(0)