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「言葉」にする試み

何度も書こうとしては消していた事柄について、今日こそは書いてみたいと思います。

私にとって「言葉」にするという作業は、自分自身の心の中の整理に繋がります。

「言葉」にできない時というのは、心の中が未だ整理されておらず、混沌とした中にいるという証明にもなります。

些細なことや、ちょっとした事件なら、なんとか書くことができるのですが、あまりにも大きなことだと何をきっかけにしてよいのかわからなくなり、書いては消し、書いては消すという日々を送ることになるのです。


2ヶ月前の今日の2月9日、私は「喪主」をしていました。

叔父からの連絡を受けたのが8日の夜でした。

「死体検案書」には「縊死」と書かれていました。

母は、自分の息子と同じ方法でこの世から去ることに決めたようでした。

私は、母が抱えている問題も知っていたので、何とかよい方向へ解決するように手紙を書いたり電話をしたりしていましたが、今年になってからは殆ど会話もできない状態になっていました。

電話をしても切られる、手紙を書いてもちゃんと理解してくれない。

お正月は私自身の体調が悪かったので帰洛できず、母とちゃんと向き合って膝を付き合わせて話し合うことができませんでした。

何よりも、私が鷹揚に構えていることができたのは、弟のことがあったからでした。

自分で自分の人生を終わらせるようなことをしても、何の解決にもならないということ。
遺された家族の痛みや悲しみ。
所謂「後始末」の大変さ。
何年経っても消えない、持って行き所のない、やるせない気持ち。

そんなことを1番知っているのは、他ならぬ母だという思いがあり、私は母を信じていました。

「解決方法」として、それは選ばないだろう、という自信があり、自分の体調を優先させる毎日でした。

私は、母に裏切られた気持ちと、後悔と、そして許せない気持ちのまま喪服を着て、旧姓に戻った最初の冠婚葬祭の「喪主」を努めることに必死でした。

私には母が亡くなった悲しみがなく、ただ怒りの気持ちばかりの自分を責めて、声をあげて泣ける叔父が羨ましく感じられました。

「正直」に「バカ」がつく程、真面目だった母。
何よりも礼儀を重んじる母。

私が人伝に聞く母の様子は、私が知っている母とは遠くかけ離れていました。


お通夜、お葬式、そして初七日、一週間毎のお逮夜、四十九日。

私がしないといけない事は、仏事だけではありません。

法的な処理、店の明け渡し、そして借りている家の明け渡し。

まだまだしなければいけないことは山積みです。

いつかやってくる「母を亡くした悲しみ」を待ちながら、私のしなければいけないことをきちんと全うするだけです。


明日はたかしの入学式です。

たかしは「ばぁば、オレの ランドセルが なにいろか しらんウチに しんでしもたんやな」と呟いていました。

後2ヶ月経てば、孫のランドセル姿を見ることができたのに。

「命はいつかは終わる」ということを目の当たりにして、たかしも泣けないでいるようです。

たかしが言うには「かなしいよりも びっくりのほうが つよくて、なけへん」そうです。

もちろん、たかしには母の亡くなり方については話していません。


父は病気に負け、弟と母は自分に負けてしまった。

私は、障害はあるものの、生きている。
何よりも、たかしがいてる。

家族の中で、1番の強運なのかもしれません。


弟の本来の残りの寿命、母の本来の残りの寿命を私がもらい、私はずっと生き続けていきます。

壁にぶちあたるばかりの人生ですが、それでもなんとか生きていこうと思います。

「人生は修行の場」だと聞きますが、私の修行はなかなか厳しく、困難です。

でも、将来は「嫁いびり」もしないと。


それでも、明日はたかしの入学式です。

悲しいことばかりではなく、喜ぶべきこともちゃんとあります。

「涙の後には虹も出る」です。


私のできる限りのことをして、きちんと「後始末」をしようと思っています。

母が亡くなって、いろいろな「後始末」を考えた時、私1人では到底無理だと思い、弁護士さんにお願いしました。

離婚裁判の時にお世話になった弁護士さんです。

私達の状況を、何よりもよくご存知なので、迷うことなくお願いしました。

それを思うと、離婚の時、裁判までしてよかった、とも言えます。

後になって、何が役に立つか、わかりません。

その時はつらいことでも、後になって力となることもあるのだなぁ、と、つくづく思いました。


・・・やっぱり、「言葉」にすることは難しいです。

「思い」の羅列になってしまいました。

母の死を、私は未だ消化していないようです。


何年経てば、私は母を許すことができるのでしょうか。

同じ年になれば、わかる日も来るのでしょうか。

この心の中の「もやもや」の、晴れる日は来るのでしょうか。


明日の為に、もう寝ることにします。

ちゃんと「母」をしないとな。
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Commented by Tapu at 2007-04-10 01:55 x
marurin373さん
はじめまして、ほぼ日の本のリンクから来て、ずっと見てただけでした。
でも、全然まとまらないのに今日は何か書きたかった。
 私は病気で母をなくしていますが、やはりお母さんって特別だろうという気持ちがあるのです。だからお母さんであるmarurin373さんは死んじゃだめだってことが一つ。
 もうひとつは、いまの気持ちは消化できなくていいし、許す必要もないのではないか、ということ。生きている人に対してみたいに思い続けていいと思うのです。亡くなった人だから許すとかしなくてもいいし。忘れてなるものか!くらいでも。
 無理して欲しくないので応援もしませんが、こちらがすきなのです。ではでは。 東京の片隅より
 
 
Commented by radi-spa.horie at 2007-04-10 06:38
えらいです。ホリエは無理だったので。
Commented at 2007-04-10 10:47
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by billy-26 at 2007-04-11 19:01
何を言っていいのか・・・でも何かを書かずには居られないです。
TAPUさんと同じですね。
突然のことでかなり驚いてます。
ダレよりもmarurinさんが驚いているのでしょうが。
なんだか悔しいですね。ほんと、悔しい。
いろんな気持ちを消化できないのは当たり前。無理しないで。
タカシくんが居てくれてよかった。
marurinさんは、どうか生きていてください。
marurinさん、眠れてますか?無理してないですか?
何もできないのが歯がゆいです。
そんなときでも「母」をやらなきゃいけない気持ちがわかるから
余計に歯がゆい。・・・人生ってほんとに修行なんだなぁ・・・ツライよ、ツライ・・・。
ワタシも修行、がんばります。
Commented by marurin373 at 2007-04-11 19:30
>Tapuさん
コメント、ありがとうございます。
そうですね、無理して許さなくてもいいんですよね。
そんなにキャパシティ、大きくないし。
私は生きていきますよ! 絶対に。
Commented by marurin373 at 2007-04-11 19:33
>radi-spa.horieさん
もう誰もいてないですしね、私を守ってくれる家族。
反対に守らなくてはいけない立場ですし。
私が決断して、交渉して、進めていくのですが、いやぁ、また人生勉強になりましたよ。
Commented by marurin373 at 2007-04-11 19:34
>カギコメさん
ありがとうございます。
私は私にしかできない「母」となります。
反面教師っていうのでしょうか?
Commented by marurin373 at 2007-04-11 19:36
>billy-26さん
もうたかしがね、ずっと私の顔を見て、チェックするんですよ。
「泣いてへん?」って。
たかしにあたってしまう時もあり、かなり反省しています。
つらいことがあった分だけ、いいこともあるのではないか・・・と。
でも本当に、子供を産んでてよかったと、つくづく思いました。
by marurin373 | 2007-04-09 23:39 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(8)