いろんな意見

「親権」と「養育権」についての見解は、専門家のヒトの数だけ答えがあって、
混乱してしまいます。

「私でも、1人で育てていけているという実績が必要」ていうヒトと、
「京都に帰って、実家でおばあちゃんと2人で育てないと」てヒトと、
「とにかく全く知らない土地に移って暮らさないとダメ」ていうヒトと。

私が「障害者」である、ということで意見が分かれるようです。
「障害者だからこそ」と「障害者といって差別してる」って。

ま、最後は自分で決めることやし、なんといっても息子が最優先。
ただでさえ、環境が変わるのだから、少しでも負担を減らして、て考えてます。

すごく酷なことなんやけど、
「どうしたい?」て聞くこともあります。
2人で相談して、決めることもあります。

今が大事。そして、将来も大事。
今できること、できないこと、したいこと、しないといけないこと。

友達に「落ち着いたら、2ヶ月くらい寝込むんちがう?」て言われました。

でも、私は必死です。息子と離れたくないし、離したくない。
息子と自分の将来かけて、頑張ります。

そして、私を支えていただいている、友達たち。
本当にありがとう。心の底から、感謝しています。

さて、寝ようっと。「明日の為にその2 寝るべし寝るべし」
[PR]
# by marurin373 | 2005-02-13 00:57 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(0)

今日、病院の定期検診の日でしたが、整形外科・呼吸器内科ともに、しばらくは入院・手術することはない、と言ってもらえました。
今、入院なんかしてる場合じゃないし。
膝の手術も、「あくまでも自分の意思で」とのことだったので、「息子が大きくなるまで、まだまだしません(というか、研究がもっと進んでから)」と宣言して帰ってきました。

腎臓は疲れているみたいですが、なんとか頑張ってくれているよう。

しかし、家が決まるまで、とにかくイライラします。
その他のいろんな事は進んでいるのに、肝腎要の家がまだ決まってない。
大家さんが「ダメ」と言ったのなら諦めもつくが、なんか宙ぶらりん状態。
今のところ、他にはなさそうなので、大家さんを待つことにしたけど。

荷造りはちょびちょび進んでる(そんなに荷物がない)し、買わないといけないものも、来週火曜日に友達に連れて行ってもらうことになったけど・・・。
ま、小さいものばかりだから、置いておけるけど。
・・・でっかいモノは、持って行くから。
だって、もともと独身の頃に使ってたモノだから。

とにかく「何か」で頭の中をいっぱいにしておかないと、「ムカつく」だの「腹立つ」だの、そんな感情ばかりになってしまう。

もう、そんなことはいいのに。
たくさん、文句も言ったのに。
引っ越すまでは、息子の為にケンカせずにやっていこう、て2人で決めたのに。

あぁ、こんな状態、よくないってわかってるのになぁ。
「離婚は痩せる」て聞いてたけど、白髪も出てくることを発見しました。
[PR]
# by marurin373 | 2005-02-11 00:36 | 病気のこと | Trackback | Comments(1)

いずこへ〜〜〜

今、家賃とか敷金とかを交渉中・・・だとばかり思って、返事をドキドキしながら待っていました。
でも、いくらなんでも返事が遅い・・・。
あかんのかなぁ、と思って、不動産屋さんに電話してみました。

そしたら生憎「お昼時」やったようで、社長さんはお留守。

夕方、とうとう電話が!!
「ん〜正直申し上げてねぇ・・・」
  あかんのか?!
「どうしてもねぇ・・・」
  やっぱり無理か?!
「大家さんと、連絡がとれないんですよ〜」
  な・なにぃ〜〜〜!!

大家さんは、自由な独り身やからか、よくご旅行とかに行かれるそうで。

「留守電にも入れてるし、毎日電話して確認してるから、帰ってきたら連絡あると思うんやけど・・・」
  むむむむむむ〜〜〜。

で、あともうしばらく待ってみることにしました。
やっぱり、そこが一番いいし・・・。
交通も、利便性も、広さもいいし、なんといってもフラットで、まわりは静かやし。
身体には優しい家やと思うので・・・。

それに、よく考えると、荷造りも、いろんな手続きも、いろんな名義変更も、途中やし。

で、昔からの旧友が、なななななんと!
iMacをくださるというではありませんか!!
これは、かなり嬉しい〜〜〜。
メールいただいた時、泣きそうになりました。

いろんな方が、励ましてくださいます。
「味方やで」て、言っていただくと、「私、1人とちがうんや」て、本当に思います。

なんにもわかってないのにMacを欲しがる私に、懇切丁寧に教えてくれはる旧友。
とにかくタオルとか、溜めてくれたはる旧友。
「東京にいる息子みたいに、お米とか、送るから」て言ってくれはる54才の友達。
「私がiPod買い取ってもいいよ」って言ってくれはる旧友。
毎日忙しいのに、とにかくメールを送ってくれはる旧友。

もしかしたら、結婚した時よりも、ま、そら大変やし、迷惑もかけるし、体力も気力もいるけど、でも、心境としてはいろんな方からの嬉しさをたくさん感じることができるような、そんな気もします。

そして、あんまり友達いないって思ってた、ここでの方々。
「買い物行くの、車出しますよ」て言ってくれはる友達。
「時間なくて、何にもできひんから、とにかく話は聞くから、いつでもメールしてきて」と言ってくれはる友達。
「いらん気は使わんと、自分と息子さんの為だけに頑張り」て言ってくれはる友達。

な〜んや、私、神戸でも友達、いっぱいいたんやんか・・・。

「離婚」は決していいことではないし、息子を傷つけてしまうし、生活も楽じゃないのは覚悟していたけど、なんか「ありがたみ」がいっぱいいっぱいわかって、よかったかもしれない。

もう決めたことやし、それに向かって前進あるのみ!
決して暗いところへ追いやられるのではなくて、明かりに向かって行く感じ。
今、できることから、やっていくこと。優先順位。お金の使い方。
本当に、頭の中はフル回転してます。

いつかまた、私の大事な友達が同じ状況になったら、私の周りの方々のように、できることで力になろう。

ま、その為には、まず息子との生活の安定と維持。
私の病状がこれ以上悪化しないこと。
ん〜、でも、引っ越したら、確かに疲れるかもしれんけど、精神的には元気になるような気がするなぁ・・・。

そうそう、「明日の為に その1 寝るべし 寝るべし」でした。
[PR]
# by marurin373 | 2005-02-09 01:12 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(2)

できうる限り続けようと

まだ引っ越しをするまでは、Macが使えるわけだから、それまで書き続けようとおもいまして。
今は、引っ越し先をやっと見つけて、家賃とか敷金の値段交渉を不動産屋さんにしてもらっているところです。
で、返事待ち。
一体いくらかかるんやろうか・・・。ゔゔゔう〜〜〜。

それと、中古のiMacを入手しようと、友達に聞いたり、ネットで調べたりしています。
とりあえず、iPodを売って、元手にしようか、と。

本当にいろんなことを経験すると、勉強になります。
友達が、「絶対に何か書き残しておいた方がいい」と勧めてくれたのが、よくわかります。
ま、経験したくないことばっかりなんやけど。

でも、実際に身の上に起こると、なんとか乗り越えようと知識や情報を集めたり、「こんな気持ちになるのか・・・」て実感したり。
お葬式の相場やしきたりとかにもくわしくなっちゃったし。

そして、結婚・妊娠・出産・離婚。
多分、調停・裁判。
「わからへん〜〜〜」なんて言ってる場合じゃないし、頭をフル活動させて、息子を守ります。ま、身体はかなり疲れているけど・・・。

早く、新しい家で(古いけど)息子と2人、ゆっくりとお風呂に入って、眠りたいです。

「母は強し」や、ていうことを、実証しようじゃあないか!!

私の周りの皆さん、そしてブログを読んでコメントを下さる方々、忘れてはならない旧友たち。
本当にありがとうございます。
いつか、恩返ししたいとおもっています。
まずは、私がしっかりと、ちゃんと息子と生活している姿を見せること、かな・・・。

「私は1人じゃない」て、実感しています。もちろん、息子もいますが。
[PR]
# by marurin373 | 2005-02-07 01:03 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(1)

突然なのか、必然なのか

・・・離婚することになりました。
とにかく、息子を守る為、「重度の自律神経失調症」と診断されたにもかかわらず、
不動産屋さんや区役所に赴き、情報を集めたりアドバイスを受けたり。

でも、不思議と孤独感はありません。
息子のお陰、周りの友達のお陰です。
息子に「かあちゃんは、足がいつもいたいから、オレがまもったげる」と言って、抱きしめてくれた時は、自分でも驚くくらいに号泣してしまいました。

ふんばります!

で、ブログは休み休みになると思います(なんといっても、Macが手元になくなるから)が、絶対に復活させます。

がんばれ、私!!
[PR]
# by marurin373 | 2005-02-04 23:22 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(3)

ほ・ほ・ほ・ほしいかも・・・。
でも、とんでもない値段がついていた。とても手は出せない・・・。
いいねん、別に。いいもん、いいもん。ふんっ。

「たっくんとガックン」と言っても、わからない方もいらっしゃるかも・・・。
でも、いいのです。
わかってくださる方だけ、読んで下さいまし。

息子が「ガックン」と言うと、「きゃぁ〜〜」と顔を伏せて、恥ずかしがる、という変な習慣ができました。
以来、息子は面白がって、何かと言うと私に「ガックン!」。
言うたびに「きゃぁ〜〜」。
いい加減、疲れるって。

今も「たっくん」て呼ぶヒトって、どのくらいいるんやろう・・・?!
「あすなろ」くらいのヒト達・・・?
「夢モリ」の頃からのヒト達・・・?
まさかスケート・ボーイズの頃のヒト達・・・?

ええ、そうですとも。
今のような呼ばれ方をする、ずううぅぅーーーーーっっっと前からファンでした。
でも、もう今更言えない・・・。
コンサートにも行ってたのになぁ。

ガックンのコンサートも、なんか恥ずかしくて、行けない。
ライブのDVDも、何故か恥ずかしくて、見られない。(持ってるけど)

老後の楽しみにとっとこう〜〜。
私は、筋金入りのミーハーなのです。
[PR]
# by marurin373 | 2005-01-28 01:36 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(0)

自律神経失調症

とうとう、この病名がつきました。
わかってるっちゅうねん。
でも、最初は「更年期障害」だと思い込んでましたが、ホルモン(内臓ではない。念の為。私はウシではない)やらなんやら検査してもらったら、「異常なし」。

そしたら、やはりというか、毎度のことながら「神経科行ってるんやったら、そっちで診てもらって」とのこと。

何でもそっちに結びつけられてしまって、何か病気が見落とされやしまいか、不安になります。
数値やレントゲンやMRIやなんかで、「目に見える」状態でなら、お医者も患者である私も納得するけど。
「ほら、ここに影がありますね、」とか。
「ツープラスですね、」とか。

でも、とにかくしんどいだとか、動悸がひどいだとか、絶えず吐き気がするだとか、訴えても訴えても「そっちで」と言われると、「そんなにそっちの方の病気がヒドいのか?!」と思うし、「そんなに身体に現れるのか?!」と、自分の身体ながらびっくりします。

ま、とにかく、「明日の為に その1  寝るべし 寝るべし」で、毎日早く寝てます。
んで、このブログもサボってました。
でも悲しいかな、ネタ探しの毎日です。
「書きたいことないかな〜〜、何かないかな〜〜〜」って。

「五月病」ならぬ、「年始病」でありました。
ちゃんとお医者行こうっと。

ああ、それと「椎間板ヘルニア」が疼いてきています。
腰が痛い〜〜膝が痛い〜〜でもバスはタダ〜〜って、これではまるで老人やわ。
息子はまだ4才なのに。これではいかーん。

あぁ・・・でも、今年の節分、いくつお豆食べることになるんやろう・・って考えた途端、暗くなってしまいました。
そういや、オットは「年男」だな。
お豆播いてもらわんとな。
[PR]
# by marurin373 | 2005-01-27 00:14 | 病気のこと | Trackback | Comments(0)

これや!!!

今日、また読んでいた本に、「図星」な文章をみつけました。

“あ、でもやっぱり、「誰に読んでどう思ってほしい」っていうのは、二次的なものかもしれない。自分の感情をうまく“ネタ”に変換できた時の自己満足が第一の目的です。”

そうそうそう、それそれ〜〜〜。

自分がこだわっていることや、思っていることやなんかを、「文字」に置き換えられた時に、初めて頭の中が整理されるみたいです。
で、解決していなかったことやなんかも、すらすらと答えが浮かんできたりするんですよ。

初めから頭の中にあった言葉なんやろうけど、それが上手く繋がってなかったのに、「ぴっ」と繋がってスイッチが入るような。

息子が大人になったら、「かあちゃんはこんなことを考えていた」って、読んでほしいとは思うけど、でも感想は別にいらないな。
ま、こうして、考えを文字にして、書き込める場所が欲しかっただけなのかも。

このブログつくってから、いろいろと考えを巡らすことが多くなりました。
今までなら、考えていたけど、忙しさに取り紛れていてほっぽっていたことやなんかにも、どうにかして「答え」を見つけよう、とする。
これって、ボケ防止にいいかも。

シナプス〜〜、海馬〜〜動いてるか〜〜?!
右脳も左脳も前頭葉も小脳も、元気か〜〜〜?!
今まで放ったらかしといてごめんよ〜〜。
また電流送るから、ちゃんと機能してね〜〜〜〜。
[PR]
# by marurin373 | 2005-01-20 02:32 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(3)

自己嫌悪

私は、自分のことがホントーに大嫌いでした。
理屈っぽい、頑固、融通がきかない、でも楽しいのが一番好きで、すぐに楽をしたがる・・・。
健康とは言えないし、いつも負い目を感じていて、できないことも多過ぎる!
「妻」としても、「嫁」としても、そしてもちろん「母」としても、不合格だ・・・と思ってました。

それに、「ウケ狙い」が多過ぎです。
これは、多分両親の機嫌をとるのに、いつも「いい子」でいて、こっち向いてほしいから、ついついわざと面白いこと言ったりしてたのが、もう「私の性格」となってしまいました。

でも、最近は違います。
息子が、「かあちゃん、だ〜いすき!」て言ってくれるからです。
表現方法も、だんだん変わってきて、「結婚する」だの「友達の中で一番好きなのはかあちゃん」とか、「ずっとずっと側にいてな」とか、普通なら「ひぇ〜〜〜」と引いてしまうような言葉なんですが、これが本当に嬉しいのです。

今まで付き合って来た人達に言われても、全く自分に自信が持てなかったのに、息子に言われ続けていると、
「私、これでいいんや。頑張ってるんや」て、ちょっとづつ自分に自信が持てるようになりました。

誰に言われるよりも、息子に「かあちゃん、好きよ〜」て言われるのが、一番嬉しいです。

でもそれも息子に「彼女」ができるまで・・・。
もうじき「やせろ」だの「化粧しろ」だの「変な服着るな」とか言われるんやろうなぁ。

今のうちに、充分幸せに浸っておきます。

「子供は、3才までで親孝行を済ます」と聞きます。
と、いうことは、もう期限切れ・・・。
相変わらず私にとっては、最良の息子ですが・・・。

・・・って、親バカじゃないと、「子育て」なんて、とてもしんどくてやってられへんもんです。

「母」と「妻」と「嫁」のアイデンティティはあるけど、振り返ると「私って、一体誰で何者?」てことになります。「個人」から離れてしまって、いつも誰かの属性でしかない、というような状態。

「●●くんのお母さん」とか、結婚して変わった名字では呼ばれるけど、「ファースト・ネーム」で呼ばれることがめっきりなくなりました。

唯一、このブログ書いてる時が「本来の自分」を取り戻せている時間かな。
口に出してまで言わないけれど、思ってたり考えていることはたくさんあるわけで。

息子に後押しされて、こんなブログもつくってみようか、て気になりました。
誰に向かって書いているわけではないけれど、将来息子に読んでほしいなぁ。
しかし、未だ持ってオットにはナイショにしています。
[PR]
# by marurin373 | 2005-01-18 02:28 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(2)

早生まれと遅生まれ

今、息子は4才ですが、同じ「はなぐみ」さんには、まだ3才の子もいはります。
数ヶ月のことやけど、やっぱりチガウみたいですね〜。
これは、まだ個体差のある「発達」の段階だからで、仕方がないことです。
男の子と女の子では、また全然違うみたいやし。

でも、反対に息子よりも後に産まれた子の方が先に何かができるようになる、ということもママありまして。
「マイペース、マイペース、ヒトはヒト、息子は息子・・・・」と呪文のように唱えて、顔ではにっこりと「すごいね〜、もうひらがな読めるんやなぁ〜」とか言いつつ、心の中ではついつい焦ってしまいます。

4月生まれの子と3月生まれの子だと、ほぼ1年違うので、この差は大きいです。
でも、本当に「え? 早生まれ?」と驚く程、本当にしっかりしてる子もいるし・・・。

ちなみに息子は7月生まれ。
早くもなく、遅くもない。
だから、別にいいんです、この人のペースで。

でも、時々、昔していた仕事のクセが出て来て、何かを「教えて」しまいそうになります。
ひらがなが読めたら、次はカタカナ、ちっちゃい「っ」、難しい方の「を」とか。
いかん、いかん、息子が興味を持ってきたら、褒めながら少しづつ教えていこう、と決めていた筈なのに・・・。
ああ、でも「みかんが3つ入ってる袋に、2つ入れたら、何個になると思う?」とか、ついつい問題を出して、答えを聞いてみそうになる・・・。
そんな自分を押しとどめているような状態です。

小学校に入る前に、いろいろと教えてしまうと、いざ入学して「授業」が始まっても、知ってることばっかりで「感動」や「驚き」がないし、面白くない。
で、「こんなもんか」とナメてしまって、勉強するクセがつかない・・・。

現に私がそうでした。
小学校では成績優秀だったのに、予習や復習するクセがなかったので、中学に入って初めての中間試験の前になって、さて、さっぱり「数学」がわからない。
「マイナスとカッコのついたマイナスって、どういう意味・・・?!」と、かなり焦った覚えがあります。

端的に言うと、息子には、純粋に勉強に取り組んでほしいのです。
息子にとっての「勉強」が、「驚きと発見」であってほしい、と思うので、特に何も教えないようにしています。
ま、放っといても何かしら覚えてきはりますけどね。
その度に「え〜?!すごいなー!」と本気で驚くので、本人も嬉しいようです。

今はこれでもいいんやけど・・・。
さてさて、いざ「教科書」とか「テスト」とかの言葉が出て来て、ランドセル背負うようになったら、どうなるんでしょう?? 私、冷静でいられるかなぁ・・・。

オットは3月生まれなので、早生まれです。だから、同じ学年のヒトと、干支が違います。
でも、もうじき大台に乗るのにもかかわらず、「学年でいうと、同じ」とか言ってるのを聞くと、何故か笑えます。

もう早生まれも遅生まれも、一切関係ないのに・・・。
それに、ひとつやふたつ年齢が違っても、もう「おじさん」の範疇に入るんやから、関係ないのに・・・。
いつまで「学年」にこだわってるんや〜。

でも、いざ自分の事になると、すごく厳密に「何才か」を言ってしまいます。
あ、もう「聞かれたら答えるけど、自分からは言わない」かも。
ひとつでも上に間違われると、思わず「ムッ」としたりして、まちがいを正してしまいます。
まだまだ「おばさん」のカテゴリーには入れられたくない〜と、もがいてますが、世間はすんなりと「おばさん」の仲間入りを認めてくれたようです。
[PR]
# by marurin373 | 2005-01-17 01:21 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(2)

久し振りに怒る

慢性腎炎の時は、「顔色悪いね」とよく言われてました。
すごく痩せてたし、「いかにも病気」という感じで。
でも、よく聞く病気だし、「赤ちゃん、産めるん?」とか聞かれるくらいでした。
重度の妊娠中毒症にはなりましたが、息子は元気です。
でも、こちらから言わなければ、誰も私が慢性腎炎だとは気付きませんでした。

で、今の病気ですが、これは「見てわかる」病気です。
「杖」をついて歩いてるから、です。

そうすると、なんか30代後半になって、いろんなモノが見えてきました。

「あんたの病気って、美空ひばりが死んだ病気なんやってな」
「ウチの主人も、足が腐って、死んだわ」
「足悪いくせに、太ってるな、痩せなあかんわ」
「顔きれいやのに、障害者なんやな」
「本人は痛いだけやけど、子供がかわいそうやわ」
「足悪いゆうても、若いんやし、どうもないわ」
「バスもタダになるし、ええことばっかりやな」
「年金もらえて得したな」
・・・etc。

気分が悪くなってくるので、ここらでやめておきますが、いや〜、他人って、ホントにいろんなことを言うものですね。
聞いていると、何故か、私が足を悪くして喜んでいるような、悲劇のヒロインには絶対にさせまい、という意思が感じられます。
いくら「チタンエノキ」を入れても、それこそ「死ぬまで」痛みと付き合っていかないといけないし、原因がわからない以上、どうすれば止めることができるかもわからない。

しかも、膝にまで「骨の壊死」が見つかってからは、とにかく「痛み」との戦いです。
痛み止めを飲んで胃を壊したり、痛み止めの注射で気分が悪くなったり、この「痛み」から逃げようとすると、なんかしらのリスクがあるようで。

「若いから、どうもないわ」と、年寄りは言いますが、これから生きて行く時間が長いということは、それだけ「痛み」と付き合う時間も長い、ということに、なんで気付かないんやろう。

もし、原因不明の病気や、予防できない病気、例えば風邪なんかでも、「私のお父さん、風邪ひいて死んだわ」って言われると、すっごくいや〜〜〜な気持ちになる・・・と思いませんか?

「悪気」がなかったら、何を言っても許されるとは限らない、と思います。
傷つけてるのには変わりないし、むしろデリカシーの問題です。想像力の欠如です。

「言われてイヤなことは、言ったらあかん」て、幼稚園くらいの時に教えてもらわなかったんでしょうかね。
それとも、本人が思っている以上に周囲の人々や環境がよくて、「幸せ」な人生を送っているか。

オットに対しても、時々思うことがあります。
痛くて、つい「痛いわ〜」とボヤいた時に、「やせたらいいんや」ですまされると、
「ほな、いっぺん、骨腐らしてみぃ?! やせても、壊死したとこは元には戻らへんので〜〜?!」と。ああ、1度言ってみたい。
・・・でも、言ったところで仕方ないし、イヤな雰囲気になるだけやし。

私も、知らず知らずの間に、ヒトを傷付けてきたんやなぁ、と思います。
何事も経験しないと、その人の気持ちにはなれないけれど、「どう思わはるか」くらいの想像力は失いたくないです。
気をつけようっと。

私かて、怒る時は怒るんやでぇ〜〜〜。ただ、後で、やけど。
[PR]
# by marurin373 | 2005-01-15 02:28 | 病気のこと | Trackback | Comments(5)

ボルシェビキ

私がつかっているパソコンは、Macintoshです。
以前、ADSLにした時にやってきた設定のお兄さんは、「珍しいですね」と言ったはりました。
100台設定するうちの、1台くらいだとか。
所有率、1%やん。
他にも、「Macintoshには対応していません」と書かれたものがたくさんあり、ホンマに「少数派なんやなぁ」と、つくづく思います。

ついこの間、携帯にはいっているデータをMacintoshに移そうとして、mini SDカードなるものを取り出し、読み取って運んでくれる小さな機械をつなごうとしました。

そしたら、たぶんプリンターがつながっている線が、なんかぐらぐらしている。
「何や、これ?」と引っ張ってみると、ポロリと取れました。

後は、いくらコンセントを突っ込んでも、入らない。
この差し込み口は2つあるので、上の方を引っ張りだして、その口を見てみると、下の口とは、なんか違う。

真ん中あたりにある、白い「仕切り」みたいなものが取れている!!

こここここここれは、ヤバい!!!

オットにめちゃくちゃ怒られる!!
せっかくプリンターの設定をやり直して、写真の「筋」がでないようにできたのに!

え〜っと、これを買ったのは息子が産まれた2ヶ月後やから、4年以上経っている。
勿論、保証期間内ではない。

ヘルプを見ると、「持ち込み」だの「在宅自己交換修理サービス」なんてのが載ってる。
いずれにしても、お金がかかるし、オットにナイショになんて、とてもできそうもない。

キーボードを壊した時も、マウスを壊した時も、別に買い替えればよかった。
でも、これはあかん! ・・・本体や!!

息子がCDを入れるところに5円玉を入れた時は、それはそれは大変でした。
修理してくれるところを探し、いくらかかるか調べ、でも持ち込み、と言われて、結局放ったらかしといて、意を決したオットが小皿をいくつか用意してそぉ〜っと分解し、ネジを種類づつ入れて行き、そぉ〜っと5円玉や紙切れを取り出し、そぉ〜っと直しました。幸い、ネジは余りませんでした。

何故か奇跡的に復活し、なんとOSXにまでバージョンアップしています。メモリも増やしたそうです。
でも、OSXにした時に私のデータがすべて飛んだけど、こつこつと復旧していきました。

でも、この差し込み口が壊れたら、プリンターが使えないだろう。
プリンターをつなぐと、キーボードが使えなくなって、「プレビュー見せて」とか「プリントしてんか」とかの指示ができないだろう。
せっかく「筋」が取れたのに。
だから余計に、オットは怒るだろう。

ああああぁぁぁぁ・・・・どうしよう・・・・。

友達に携帯からメールして、助けを求めました。
でも、友達もどうしようもない。
オットが寝ている隙に直すのは、もはや不可能だと悟りました。
そして、ぐらぐらのまま、そっと差し込んでそっと手を離し、「システム終了」して寝ました。

次の日、朝の慌ただしい時に「おかしいねん、なんかプリンターの線がぐらぐらしてんねん、なんでやろう?」とわざとらしく、「私ちゃうもん」という意味を込めて言ってみると
「ああ、あれ、プリンター直そう思って、ぐりぐりしたしなぁ」と。

壊してたのはオットだったのだ!!

よくよく見てみると、差し込み口は2つあるから、要するに「二股コンセント」みたいなものがあればいいんやな。

それで、息子とPCを売っていて、しかもMacintoshのコーナーのあるところに買い物に行きました。息子には「たこあげ大会のたこを買いに行こう」といって、誘いました。

早速店員さんをひとり捕まえ、聞きました。

私「あの〜、マックなんですが、なんか線をつなぐ差し込み口が壊れたんです・・・」
店「え〜、どのケーブルでしょう?」
私「プリンターとか、キーボードとかをつないで、縦に2つあるところです」
店「ああ、USBですね」
私「そうかもしれません」
店「で、壊れて?」
私「その、USBの二股コンセントみたいなもんって、ありますか?」
店「・・・とりあえず、こちらへ」
   
  USBのケーブルなんかが置いてあるところへ誘われる。

店「延長のケーブルではないんですね?」
私「そやし、生きてる方へつないで、先っぽが2つあれば・・・」
店「・・・USBのハブですか?」
私「そうかもしれません」
店「では、こちらですね」
私「(思っていた形状とちがう)これは、何ですか?」
店「だから、ここを生きてる方につないで、こちらにプリンターとかのケーブルを差し込むんです」
私「あ、4つもある」
店「・・・え〜、ハブなので・・」
私「私のマックに、合いますか?」
店「どの機種ですか?」
私「え〜、昔のテレビみたいなカタチで、灰色やけどそんな呼び方ではなくて、DVDが見れる、とかいって、その当時では一番よかったヤツです」
店「G3・・・ですか?」
私「それと、本体にあるスジにCDを入れると、んばー・・・って吸い込まれていくヤツです」
店「少々お待ち下さい」

店「わかりました。これでいけます。」
私「この辺の安いのはいけますか?」
店「まあ、メーカーがちがう、ということだけなんですけどね」
私「プリンターとか、キーボードつなぐんですけど・・・」
店「2.0ですかね?」
私「何がですか?」
店「少々お待ち下さい」

店「1.0ですね。こちらでも、いけますが、ACアダプター付きでないとダメですね」
私「電気を差し込むのがついてるヤツですね」
店「ここら辺にあるものだったら、どれでもたぶんいけます」
私「ほな、安いのでいいです・・・これ、対応してます?」
店「え〜、バージョンは?」
私「・・・え〜っと・・・もうじきタイガーです」
店「OSXですね。念の為、確認してきます」

店「これでいけます」
私「ほな、安いヤツを・・・これはいけますか?」
店「それは、延長する為だけのモノです」
私「ほな、え〜、一応灰色のと色を合わせて・・・これ、下さい」
店「すみません、レジはあちらでお願いいたします」

・・・店員さんは、急いでいたようで、どこか彼方へ走っていかはりました。

家に帰って、電源入れて、生きてる方へつないで、プリンターとキーボード・・・いけた!!
おお〜、あと2つも差し込み口がある!
なんか、得した気分。
さすがソフマップ。ハーバーランドまで来てよかった。

帰り道、地下鉄がわからなくて、息子と迷子になったけど、コムサ・ストアも発見したし、地下鉄とかJRはモザイクとは反対方向、ということを身体で覚えました。

私て、結構機械には強いんやろか・・・?
iPodも使いこなしているし。

とかなんとか言ってたら、「コワいモノ知らずなだけ」とオットに言われました。
「そのうちに、爆発するかも」と。

「マイノリティ」は、それはそれで楽しいもんです。
「わっかるかなぁ〜、わっかんねぇだろうなぁ〜」て気分。

しかも、私は「かな入力」だー。「ローマ字入力」は、さっぱりわからないんだー。
そのかわり、ちゃんと50音、どこにキーがあるか、覚えてるも〜ん。
ブラインド・タッチはできないけど。打つの、けっこう早いもん。
「ぬ」がどこにあるか、知ってますか?
「いぬ」とか打つの、妙に嬉しいんや〜。ふふふ。

最近、iPodでちょっと有名になったけど、Macintoshにはこのままのシェアでいていただきたいです。

ソフマップの店員さん、急いでいたみたいやけど、ありがとう。
ウチのMacintoshは、「iMac G3 グラファイト OSX」と、ちゃんと教えてもらいました。
もう覚えました。
またなんかあったら、行きます。

あ、ついでに、帰り道も教えてください。
[PR]
# by marurin373 | 2005-01-14 01:41 | Mac  | Trackback | Comments(3)

寺の門

かの吉田戦車氏が、著書「エハイク」の中で
「はいはいはい 坊主の蘊蓄 寺の門」
と詠まれた、あの掲示板、いつも気になります。

見てると「他力本願」みたいやから、何宗なんかなぁ、誰が言ってたんやったっけ、総本山は東本願寺か・・・? あぁ、思い出せない。

以前見たもので、今もよく覚えているのは
「私の頭には 角がある
 ぶちあたって 折れて 初めて気がついた」
・・・というものです。

しばらくは、「なるほどなぁ・・・」と、己の「角」について考えていました。
「頑張っている状態」だと自分では思っていても、他の人には頭に「角」が見えていたりして。

息子を叱る時、いつもこの言葉が頭に浮かび、
「今、私はこの子の為に叱っているのか。感情にまかせて、当たっているのではないか」などと、自問自答に忙しい日々を過ごしていました。

最近、また私の頭の中をぐるぐるの状態にしてくれたのが、
「ありのままの自分の人生を ありのままに受け入れられない自分がいる」
・・・でした。

言われれば、確かにそうだ。
病気になった時も、生活が苦しくなった時も、弟や父が亡くなった時も「なんでや?」と思ったもんなぁ。「なんで私がこんなツライ思いせなあかんのや?」と。「私、なんか悪い事したんか?」とか。「私だけ、なんでなん??」と頭を抱えたりしました。
「あぁ、悪夢であってほしい」と、あがいたりしました。

でも、「受け入れられない自分がいる」ということに気付いた時点で、もう「受け入れている」状態になっているのではないのか。
それとも、「私、やっぱり受け入れられへんわ」と拒絶できるのか。

いくら拒絶しても、受け入れなければしょうがないことは、たくさんあります。
「いやや、いやや、」と、いくら泣いても虫歯になったら歯医者に行かないといけないし。

「受け入れられていない自分」に気付いたら、もう「受容」している、と思ってもいいのではないのか。

「私は、知らない、ということを知っている」と言った、アテネの虻であるクサンチッペの旦那、ソクラテスのような結論に至りました。

私の頭の中は紀元前。
そろそろキリスト教と出会う時期を迎えるのかなぁ。

しかし、「一神教」は、ある意味、恐ろしいです。
とてつもない力を感じます。
「オーマイガー」という言葉が日常で頻繁に使われる、ということからして、八百万の神のいる日本人の私には理解できません。

しかし、「一神教」は、何も宗教に限ったことではありません。
ひとつのことのみに頼る、そのことだけを信じる、ということは、競馬馬のような目隠しをされた状態でもあります。

「これは躾けや」といって虐待を続ける親も、また「歪んだ一神教」を信じているのかもしれません。

すべてそれが原因だ、と言いきれたら、どんなに楽になるやろう、と思う時があります。
でも、それが崩れた時、それを信じなくなるどころか、反対に信じていた自分を疑い、ますます深みにはまってしまうように思います。

少しづつ、少しづつ自分の位置がずれていっているのに気付かないで、ふと気がつくと、取り返しのつかないことになっていた、ということは、よくあることです。

理論の積み上げは、この辺りを慎重に扱わないと、結論が180度変わって来たりしてしまいます。
反対に、結論から出発して、その考えが正当である、と遡って行く場合にも、理論が1ミリづつずれていって、自分の都合のよいように変えていってしまう、ということも簡単にできます。

寺の門にある張り紙は、決して長文ではありません。
私でも、覚えて帰ることができるくらいの長さです。
だからかえって、インパクトがあって、いろんなことを想起させてしまうのかもしれませんね・・・坊主の蘊蓄が。
[PR]
# by marurin373 | 2005-01-11 23:58 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(0)

遺伝

私は、絵を描くのが、非常に嫌いです。

私の両親は、同じ高校の同級生でした。
その高校には「普通科」と「美術科」があり、2人は「美術科」だったので、父と母は絵を描いたりモノを創ったりするのが好きな人達でした。
当然、絵も上手かったのでしょう。才能もあったんでしょう。
父は卒業後、紳士服のデザイナーをしたり、染織家をしたり、とにかく「美術関係」の仕事をしていました。
母も服飾メーカーに勤め、寿退社をしてからも、家で手描きの仕事をしたり、洋服屋に勤めたり、今は1人でブティックをしています。

そんな両親に育てられた私ですが、本当に絵が上手くありません。
いや、描けばどうなのかわからないけれど、とにかく「何を描いても下手やな」と言われ続けて育ちました。

夏休みの宿題なんかは、まず母にダメ出しをされ、描き直して、また父にダメ出しされ、本当に泣きながら描いていました。

「絵を描く」ことは、私にとっては「トラウマ」となっています。
「絵を描く」「期待される」「上手く描けない」「失望され、非難される」の繰り返し。
2度と、絵なんか描きたくない、といつも思っていました。

何故か、たまたま上手く描けても、決してほめられることはなかったし、学校でもそんな目で見られていました。
普通に描けても「親があんな仕事してるのに」と批判され、上手く描けると「やっぱりな」とか「手伝ってもらったんやろ」などと、先生達にも言われていました。

私は、「国語」や「算数」の時間があるのは仕方がない、と思っていましたが、「図工」の時間が何故あるのかわからなかったし、「美術」の時間は苦痛でしかありませんでした。

だから、もう「絵を描く」ことがイヤでイヤでしようがなかった。
「楽しんで描く」ことなんて、1度もなかった。
自分が満足するよりも、「ヒトから見てどう思われるか」ばかり考えてしまい、結局何も描けない。ちっとも楽しくなんかない。

中学3年の時、私は「絵の才能もないし、好きな国語の勉強をしよう」と思い、普通科に行って、大学は国文科のあるところに行って・・・と計画を立てていました。

しかし、両親は自分達の母校へ行くように、と言いました。
確かに、私は小学校の時、担任の先生に「すごく天才になるか、とんでもなく不良になるか、そのどちらかになりそうです」と言われました。
ま、変わっていたんでしょうね。両親は普通科に行ったら、すぐにでも退学しかねない、と思ったんでしょう。私立の女子校なんて、とんでもない。経済的にも無理だし。

でも、私は「絵の勉強をする」なんて、絶対にイヤだ! と拒否し続けました。
その頃には、その高校は独立していて、美術だけの高校になっていましたが、公立なので、まず絵の試験があり、合格したヒトだけが公立の試験を受けられる、という制度になっていました。
「絵の下手な私が?! 落ちるのわかってて、なんで受けなあかんの?! 上手なヒトが行く高校やのに?! 私は嫌いやのに?! したい勉強があるのに?!」と、そればっかり言い続けました。

毎日、両親とケンカしていました。
でも、「絵が不合格なら、普通科を受験できる」と諦めて、表向きには両親の勧める通りにすることにしました。落ちる自信なら、ある。

でも、それからが大変でした。
「受験の為の絵の練習」を毎日何時間もしなければならなかったし、受験勉強もしないと、私の秘密の計画がダメになってしまう・・・。
とにかく、絵はいいから勉強したい私と、絵が下手なので練習させたい親と、またケンカの日々です。

でも、幸か不幸か、一次試験である「絵」で合格してしまいました。
予期していなかった私は、かなりうろたえましたが、とりあえず公立の試験の勉強をして、そして春には「美術科」の生徒となりました。

しかし、結局大学は普通の文学部に進むことになり、私の「絵」はますます中途半端となりました。理論とか歴史は知ってるけど、何にも描けない。
あの3年間は、私にとって、何やったんやろう・・・。

中3の時の計画のことを思うと、ま、80%はうまくいったことになります。
好きだった国語ではなく、どちらかというと苦手だった社会の勉強をすることになったので・・・。

さて、非常に長いながぁ〜い前置きは、ここでおしまいです。

私の息子が絵を描くと、必ず「やっぱり血やな」とか「遺伝や」とか言って、褒められるんです。
私は、「単に、息子が好きな絵を描いて、それが上手く描けただけで、決して遺伝ではない」と思うのですが、「世間」は「血筋」だと言わはります。

どこまでが遺伝で、どこからがその子の特性なんやろう・・・?

私が心配なのは、息子自身が「オレは絵を描くのが好き」と純粋に思っているのに、「血をひいてる」だの「●●に似てる」とか言われて、変に期待されて、それがプレッシャーにならないか、ということです。

今は伸び伸びとした絵を描きます。だんだんと人間は人間らしくなり、○ちゃんの耳はちゃんと三角で、尻尾もくるりと巻いています。

でも、それが「当たり前」とされて、ほめられなくなったり、逆に「この子は受け継いでへんのやな」と、私と同じ事を言われて、そのために絵がキライになったりしないか。
絵が上手く描けることが自信であったのに、「血」の一言で片付けられてしまうと、息子がすごく傷つくように思うので・・・。

息子は、弟にそっくりだそうです。
でも、産んだのは私なんやし、「かあちゃん似やな」と言われたい。
ま、弟と私はそっくりでしたから、私の「男版」なら弟、ということになるのですが、それでも息子に弟のイメージを重ねるのは、もう辞めて欲しいのです。

弟は弟!
息子は息子!
それぞれ、別の個性の持ち主です。当たり前やけど。
でも、「いっしょくた」にしてしまうヒトは、本当にたくさんいはるので、ビックリします。

・・・でも、やっぱり法事なんかで親戚で集まると、「やっぱり誰に似てるなぁ、」だの、という話題になるんですけどね・・・。

「遺伝」て、どの程度受け継がれて行くんでしょうかね。
「才能」まで遺伝するんでしょうかね。

私の母校は、本当に「一族皆同窓生」というのが、珍しくありません。
誰も、こんなトラウマを抱えることなく、楽しんで絵を描いてはるんでしょうか・・・?

ちなみに、私は息子の描いた絵を、決して「否定」しません。
頭の中のイメージが、上手く手に伝わる、というのも「発達」の段階だからです。
この世に「正しい絵」があるのかどうかわかりませんが、息子なりのイマジネーションでもって描かれた絵は、批判どころか「賞賛」に値するものばかりです。

だから、誰も息子をつぶさないでほしい・・・と、切に願います。
[PR]
# by marurin373 | 2005-01-11 00:47 | 思うこととかなど | Trackback | Comments(0)

そもそも

「子育て」って、何だろう?!
ふと、不思議に思う時があります。

横を見ると、もう一生つきあうことになる「子供」がいて。
オットとは紙1枚の関係ですが、息子とは「血」で繋がっている。

「血」がつながっているから「好き」なのか?
それとも、そんなことは関係ないなだろうか?

私は、産んだ瞬間に「親」になりました。
だから、まだ4才です。

「子育て」は「自分育て」である、と言ったのは、かの伊丹十三氏です。
もうあんまり書店で彼の著作を買うことはできませんが、オススメです。

私に多大な影響を与えた彼の著作も、もう新刊を読むことはできません。

あと、伊丹十三氏は、エッセイの達人でした。
椎名誠を読んだ後に東海林さだおを読み、そして伊丹十三を読むと「遡って行く」感が味わえます。
とにかく、「面白い」のです。こう、大爆笑というより、片頬をひくひくさせるような、そんな「笑い」です。ある意味、味わい深い「笑い」と言えましょう。

もう何度読んだことか・・・。
現在読むと、少し古い感じがするかもしれませんが、充分楽しめます。
10代、20代、そして30代と、読む時々で理解の仕方が変わる自分も楽しめます。

「子育て」の参考に。
[PR]
# by marurin373 | 2005-01-09 18:58 | 息子(たかし) | Trackback | Comments(0)